人の上にたつ (2)

更新日:2014.8.12


よく、人の上に立てるのは部下のサポートではなくて上からの引っ張りに依る事が多いと言われる。企業力学である。
従って、上に阿る集団の習性がはびこることは避けて通れない。
集団の力学とは、こうしたものであると自覚しなければならない。

果たして自分はその分類に入る人間なのであろうか、自己分析が欠かせない。
どんな理由であれ、人の上に立ったならばその役割を遂行せねばならない。
失敗は部下の責任、手柄は自分。このような行為は誰からも信頼を得られるものではない。
自殺行為と悟るべきである。
実力でTOPに立ったのか、否かは自分よりも他人の方が判っている。
故に、どんな理由であれ、TOPに立つ人は大きな責任を背負うことになる。
その時こそ第2の人生の出発点と考え自他ともに認める自分に向かって精神的にも、
肉体的にも強く鍛え目標とする自己実現に近づかなければならない。

精神を鍛える、それはいかなる困難にも動じない自分創りである。
困難に遭っても狼狽しない自分創りだ。
困難を克服するには学問は役に立たない。
実戦経験に依るしかない。(避難訓練みたいなものだ)
体が動かなければ何の方策も出せない。
困難は、その本質を見極めその奥に潜む真の問題点を、そしてそれは何故起こったのか、知覚する事である。
知識、理論派は考えるだけで行動には臆病である。
行動、決断出来る人は、体験派であり問題の本質を体感、認知している。
体験派は、今までに色々と痛い思いを含め、様々な選択肢を経験した人であり、脳の回路が何を優先させるか、
問題の本質は何か、だから何なのだと開き直れる、そんなプログラムを構築してきた人と言える。
秀才が有事に弱いと言われる所以である。

(体を鍛える)
健全な精神は健全な体力に宿る、耳にタコが出来るほど聞き慣れた言葉であるが、どれだけの人が体力を鍛えているだろうか?
第一に緩慢なる自殺行為と言われているのが喫煙である。
癌、痴呆、欝(うつ)のリスクは何倍も高くなると言われている。
人は老い易く、学、成り難し。と言われる様に、短い人生で凡人の自己実現は健康で長生きして初めて実現する。
健康でなければ正しい判断は下せない。
どんな状況にも対応するTOPが健康を維持出来なくては資格を有しないと同じ事である。
流行のうつ病などは健康を害することから始まると考えてよいのではないか?
体が健全でないと、負の思考、すなわち物事を前向きに捉える事が出来なくなる。
リーダーが仕事を完遂するには、明確な判断基準と強い達成への意欲、誰もが納得する高い理想や信念が集団の共通認識となり
エネルギーの渦となって、全体を牽引していくのである。
信頼に基づき集団が一致団結することが理想であり、その環境を創るのが真のリーダーである。

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カテゴリ:貞末良雄のファッションコラム

ポケット論争

更新日:2014.8.5


ドレスシャツ、Button Down以外を胸ポケットの無いものに変更した。
ドレスシャツのポケットを外す決定には賛否両論で、未だに(1年経過)反対の立場の方々から厳しい批判を戴いている。

その論旨は、
1.『ここは日本である。日本人に売る以上、日本の気候風土、習慣に倣い日本人仕様のシャツを販売すべきではないか。あなたも日本人ではないか。』
2.『私は米国に何年も滞在したがシャツにポケットなしなど聞いた事がない。何かの思い違いではないか。』
3.『夏場はクールビズが浸透していて、上衣、ネクタイなしが一般化している。上衣が無いので、シャツのポケットは必要不可欠である。』
4.『単なるコストダウンではないか。』

以上の論旨は、ごもっともと考えている。

しかし一方で、
『正統なドレスシャツ(ポケットなし)を着たかったが世界の一流ブランドやラルフローレンのドレスシャツしか捜せなく、いくらなんでもこれらのシャツを何枚も購入することは出来ない。
10年以上も前には確かスリムFitシャツにはポケットがなかったが、オンラインショップが始まって、やがてポケットありになり、鎌倉シャツには失望していた。
鎌倉シャツさん、よくやってくれた。』

こんな賛成意見も在る。

NEW YORKに出店してオープン初日早々に、ポケット付きのドレスシャツについて、「何故ポケットが必要なのか」お客様に問いただされた。

彼の論旨は、
1.『シャツは肌着に近いもので物を入れる機能は必要ない。』
物を入れたければ、JACKETにもPANTSにもポケットは沢山ある。

2.『シャツはスタイリッシュに着たい。』
シャツとネクタイはビジネスシーンにとってとても重要で、敢えて言えば最も男性がSEXYであるのは、上衣を脱いでシャツ姿になった時である。
故に彼はジャストサイズのシャツを探している。
ジャストサイズのドレスシャツを着用して、ポケットに物を入れれば、そのシルエットは崩れてしまう。デリケートで高級なシャツ地はダメージを受けてしまう。

(余談になるが…
アメリカ人は太った人が多く、又すぐに太るという恐怖心から少々大きめのシャツを購入する傾向がある。
メーカーが“スリムFit”と言っても、表現はそうでも必ずしもスリムでない“スリムFit”シャツが溢れている。
日本人はそんなに太るという恐怖心が無いだろうから、日本人の作る“スリムFit”は本当に期待通りのサイズに違いないと考え、買いに来たという方が大勢いたのです。)

アメリカでは正に、ポケット付きのドレスシャツは1枚も売れなかった。

イギリスで発明され、進化したドレスシャツであるが、正統な源流は、ポケットなしだ。
ポケット付きはジャパニーズアレンジであって、これを世界に拡大することは不可能である。
私達の会社の社是は日本人の男性をおしゃれにする事であり、世界で活躍するビジネスマンを応援すると設立以来、この目的に邁進してきた。
もし、NEWYORKでお客様の忠言がなければ、応援していたつもりの人々を世界の檜舞台で恥をかかせてしまったのである。

考えてみれば衣服が買える生活でなかった第二次世界大戦後は、セーターは手編みで作り、上衣は軍服を改造し、有力者は街のオーダー屋さんでスーツ、ヂャケットを作らせていた。
この頃は、衣料は暑さ・寒さをしのぐ必要衣料であった。
従って衣服には、機能が具わっていることが必須で、購入の動機はその機能の良し悪しが決め手であった。すなわち、人々は衣服の機能を購入したのであった。

やがて人々の暮らしが向上し、衣食が足りた婦人にはFASHION誌が、男にも、男子専科などのおしゃれ誌が登場した。
1950年後半に石津謙介の設立した服飾メーカーVAN JACKETが誕生する。
人々は機能消費から目覚め、格好いいもの、すなわち“情緒豊かなもの”を求めるようになった。
(機能消費から情緒消費への転換である。)
機能ではなく、“情緒”を刺激したのがVANであった。
若者達も大人も、服は格好良いもの、夢を叶えてくれるものとして、一世を風靡したのである。
私はVANに在籍し、その伝統を受け継ぐ者として、服は“格好良いもの” “情緒を豊かにしてくれる” そんな使命を引き継ぎたいと考えている。

当然、日本には機能満載のポケット付きドレスシャツやクールビス対応の派手なシャツが世に溢れている。
それが果して格好良いか否かではないだろうか。
そのシャツ(鎌倉シャツを含め)が好きか嫌いか、それこそ情緒の問題で、それを選ぶ本人の自由である。そこには誰も異論を唱えることは出来ない。

格好良いか否かは、他人が判断する。
自分がそう思っても、他人が評価しなければ、それは一人よがりという事になる。
自分の評価は他人がするのである。
異論反論、有難く受け留めるが私たちの会社の使命としてやっていく決定を覆すことは考えていないのである。

格好よいビジネスマンが世界に飛躍する姿を夢みて

貞末 良雄
2014.8.5

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人の上にたつ (1)

更新日:2014.6.10


努力して認められて、ある集団の責任を任される。
すなわち、俗に言う「出世する」ある範囲のTOPになることである。
恐ろしいことであるが、息を耐えだえに踏んばって、踏んばって、TOPに立った人はやれやれ、一息。と思うものである。

私もこんなに頑張ったのだから、お前たち(部下)も私と同じようにやれと、出来ない部下を叱りつけて、全体の士気があがらなくても、それは全て部下が悪い。だらしがないからと思う。何度言っても、部下はミスをする。叱れば叱る程、ミスを繰り返すものである。

自分の向上は一休みして、高みから下ばかり見る様になる。
高い処は安全地帯と思ってしまう。これ以上、自分は進化し、向上しようとは思わない。
もう、面倒くさいのだ。今まで、随分努力してきたのだから・・・

こうして、登りつめた途中の高台で、満足することを、無能のレベルに到達したと言い、その人は終わるのであるから、自分の地位を脅かす何物にも鋭い敵意を内包する。

どんな建設的な意見にも、それを受けたら自分が劣っていると思われるのか、恐ろしくなってしまう。
この無能のレベルは、始末の悪いことに、本人は気付いていないのである。

ここまで努力して、得た地位であるから、地位が高いとその人は偉いと、勘違いしてしまう。
地位が高い人は、部下からみれば、皆の不出来、失敗を背負ってくれる人と考えているから、そのギャップは大きい。

地位は責任の重さの目安であり、それを楽しみ、部下の才能を愛し、自分より優れた部下を認める力を持つべきであり、愛情をもって、部下を叱り教え、集団のヤル気を向上させる役目を担っているのだ。

無能なボスに成ってはならない。気配りを欠かさない縁の下の力持ちこそが、真のリーダーである。
一番下から皆を持ち挙げるのだから、力は要る。バネも要る。
その行動こそが、誰もが認めるリーダーではないか?
リーダーとは、どうあるべきか等の本を読んで理解した。
判ったということと、やれる、行動を起こすこととは違うのだ。
この文章を読んで、今から行動を起こせる人は数少ない人達と思う。
しかし、この数少ない人達によって、会社も、日本も、世界を変えていくのではないか?

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世にも不思議な 笑いの練習(2)

更新日:2014.3.18


笑いの時間だ。おばあさま楽しいですね。思いっきり笑ってみた。
やればできるのだ。何を格好つけていたのか?笑いながら、涙がとまらない。
オレはやったのだ!初めて自分を超越したのだ!
人間はやろうと思えば、なんでも出来るのだ。
人になんと言われようと、自分のため、家族のために戦うのだ。

「馬鹿になれれば、お前は一流だ。」
と父に教えられた27才。父の遺言の様に思い、努力してみたが所詮なにもわかっていなかったのだ。格好つけて、自分が一番可愛くて、強がり言っても臆病者でしかなかったのだ。たのしくなくても演技すれば笑える。
演技で笑っているうちに、気持ちが晴れてくる。やがて本当の笑いになってくる。
何もやらないで私には出来ない、と決めつけてしまう。
そんなことでは、自分に出来ないときめて退去して、なにも挑戦できない自分になってしまう。

こんな屈辱的なことと考えた。少々不幸と感じている自分を偽って、楽しくもないのに、楽しめそうもない相手方と手を握り、目を合わせ、ほほ笑むなど寒気のすることではないか?
しかし、やってみれば、そんな風に考えた自分は未熟者であったのだ。

人は変われる、変わるのである。
それは苦しいし、苦い体験を通して始めて自分のものにすることが出来る。
これは、学問で得る知識とは別物なのだ。
頭でっかちな自分を反省する。
この笑いの練習くらい為になったことはない。
私の皮が1枚めくれた瞬間であったと、今にして思う。

夕方7時の食事。夏であったので未だ日が高い。
10時消灯で寝床に就く。それまで同室の方と雑談するか本を読むかしかない。
60才前の同室の紳士から、(上場会社の役員の方である)相談を受けた。

自分の家族は、親兄弟、妻子供、全員自殺した。
今は、自分ひとりでやがて私も自殺するだろう。
そんな呪われた家系、自分の未来が恐ろしい。こうして、この道場で救われたい。
貴殿はどんな理由でこの道場にきたのか?
あまりにも違った境遇で返事も出来ない。みるからに健康そうなこの紳士の持つ悩み、苦しみ、なんとも慰められない悲しい人生なのではないか。

亡くなられた方々のためにも、貴方は長生きしなければなりません。通り一辺倒の言葉しかでない。
彼は静かな口調で、「そう思うし、私もそうしたい。しかし、私の親族誰もが、病気でもなく、
その瞬間まで死のうとは考えてはいなかったのではないか?と思うと、私には自信がない。私の宿命かもしれない。」
とくに悲しそうな表情もせずに淡々とかたっておられた。
明るくおつきあいさせていただく以外に、私にできることはなかった。

室の皆さまにしてさし上げられることは、布団の上げ下ろし、裏庭で干して差し上げること。それしか、私にできることはなかった。それが、今の自分の力であった。
10時に寝るには早すぎる起床は5時半だが、眠れない。

気がつくと、静かにきれいな声が拡声器から流れてくる。なんて、美しい優しい声だろうか?うっとりと聞き入ってしまう。
宗教っぽく嫌いな話だが、この声の魅力に負けて、聴き入ってしまう。
うろ覚えであるが・・・。
なんでも、谷口雅春45才くらいに悟ったイメージが言葉になっている様だ。

汝、天地一切と和解せよ。
汝、天地一切と和解せよ。
汝が苦しい時、悲しい時、あるいは重い病魔に犯されたとき、汝は神を頼むであろう。
我は、汝の元へ行きとうても、よう行かぬ。されど、汝が天地一切と和解したとき
我は汝の元に在る。我は汝なり、汝は我なり。
初日に聞いた時は全く意味が理解できなかったが、3日目の夜、突然この意味が判った・

天地一切を許し、和解するとき、その人は神になれるのだと。
嫌な奴、嫌いな業務、いつも叱る上役、反抗する部下。人々はいつも自分中心で自分の都合の悪いこと、思いのままにならない人やこと、自分より能力を有する人を認めない弱さ、和解できないことに囲まれて生きている。
小さなことに「こだわって」自分にも他人にも、不満が増幅する。

楽しめない自分、人から好かれない自分がいる。
この教えは、一生は一度しかない。出会える人は限られている。どんな人でも、許す練習、自分の周りで起きたことは、どんなことでも、それは自分のせいかもしれないのだ。と、許す練習をする。百に一つでも人の良いところを見つける努力をする。
和解するのだと、心の中で叫び、天地一切と和解を心がけてみる。
気がつけば、千分の一でも神様に近づけた自分がいるかもしれない。
病気をしない健康な自分になっていたのかもしれない。病魔には犯されないのだ。
と、以来私は、この言葉の素晴らしさをかみしめている。

感謝の練習 | 世にも不思議な 笑いの練習(1) | 世にも不思議な 笑いの練習(2)

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世にも不思議な 笑いの練習(1)

更新日:2014.3.11


練習道場に戻ろう。次は、笑いと和解の練習だ。
あの30食の食券・・・
初日の昼食、少しは美味しい昼食にありつきたいものだと思い、食堂に入る。
配膳された長テーブルに座る。お盆には、どんぶり飯と目ざし一匹、みそ汁、梅干し1ケ、
以上おしまい。
とても食べられない、こんなどんぶり飯、おかず不足、やれやれ何の楽しみもない。
無理をしてでも食べなければ、夜までもたない。
売店で食べ物が売っているなんて事はないのだ。
酒もタバコもジュース、何も売っていない。

夕食の時間、19時くらいか?流石に腹が減っている。夜は期待出来るかな?
お盆には、どんぶり飯、お汁、鯵の干物、梅干し、以上終わり。
ガッカリするが、腹が減っている。
どんぶり飯を平らげるには、おかずを大切に食べるしかない。
梅ぼしは種もかみ砕き、鯵は頭から。骨も大切なおかずである。

食べ終わると、お盆の上には食器と箸以外、何も残らない。
300人の残飯、さぞかしと思うも、残り物用にバケツが一ケ。
流石に梅の種をかみ砕けない人が「種1つ」をバケツに入れる。
何と、300人の残飯は梅の種だけだった。
くる日もくる日も同じメニュー、他に何もなければそれも美味しく待ち遠しい。

自分はシャバ(娑婆)では、どんなに無駄な食い方をしていたのだろうか?
知らず知らずに贅沢が当たり前になっていた。
私たちは残飯、生ゴミが山ほど出る生活を何とも思っていなかったのだ。
また一つ、思い知らされる。

次に「ありがとう」の練習であった。
300人収容の大広間。講師や体験談の合間、一時間おきに乾いた雑巾で、広間の畳を
一列になって拭きながら、「ありがとうございます、ありがとうございます。」と繰り返す。なんだか馬鹿らしいのだが、これはやれば良いのだから少し運動にもなる。
兎に角やるしかないのだ。

最後、雑巾掛けの後に笑いの練習だ。これはつらい・・・。
楽しくもないのに笑うのだから。これは馬鹿さ加減を通り越している。
笑いの講師が壇上で「皆さん横一列に手をつなぎましょう」と言って、
横一列に手をつなぐ。
「さあ、皆さん、隣の方に挨拶して、両手を大きく上げて、さぁ皆さん、たのしいですねー、笑いましょう、ワハッハ、ワッハッハ」

どうして笑うことが出来るのだろうか?両手を上げて「ははは」と笑う振りをする。
終わると、
「それぞれペアになってお互いの手を握り、向かいあって目と目をあわせてください。」
手をつないだのは、80才くらいのおばあさま。
「目を見つめ、さあ笑いましょう。両手を上げてわらいましょう!」
笑うどころか、悲しくなってしまう。

どうして、こんなくだらないことをするのだろうか?
中には大きく笑っている人々がいる。
笑いの輪が広がる。しかし、私は笑えない。
寒気がしてくる。この練習が一時間ごとにやってくる。
とても出来ない。こんなことをやらなければ仕事に就くことができないのか?
もう、嫌だ。こんなブザマな自分が情けない。
お前の自尊心はどこに行ったのだ?2日目の午後、流石に忍耐も限界にきた。
家に帰ろうと心に決めた。

翌朝、同室の皆さまの布団を干しながら荷物をまとめる。
家に帰ったら職探しだ。しかし、そう簡単ではない。
研修していても、会社は1日1万円の日当を支給してくれている。
この1万円で家族と暮らしていける。

笑いの練習に堪えて、この収入を確保しなければならないが、私は出来ないと決めた。
しかし、1万円のために笑えないのか?
他の人が事もなげに笑っているのに、何故、自分にはできないのか?
恥をかく勇気もないのか・・・・。
1万円、1万円と念じて笑ってみよう。それしか道はない。

やってやろうじゃないか、再挑戦しよう。道場に戻った。

感謝の練習 | 世にも不思議な 笑いの練習(1) | 世にも不思議な 笑いの練習(2)

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