思い知らされた男の装い ~ニューヨーク所感~
更新日:2013.3.18
ニューヨーク出店でつくづく思い知らされたのは、
服飾について知識があるのは、私達の様な業界人だけだと、自負していたが、
あの大味で細部への気配りなど無縁と考えていた彼らの中には、とてつもなく
凄い奴らが居たことだ。
男性自身のあるべき姿を追求をし、自分が他の人からどのように評価されているかを
考え、知ろうとする努力である。多民族で構成されている(UNITED)国であるから、
又、激しい競争に身を置いているから…であるが故にそれでも自分を証明する
手段の一つとして、人格がほとばしる服飾の重要性を認識している。
私は彼らの姿勢に対して畏敬の念すら感じている。
私達の店、商品に対するウェブ上で書き込まれている論評は、
すこぶる好意的で評価の高いものであるが、
メードインジャパンの素晴らしさや、今後の我々の(もっとアメリカを知ること)
勉強への期待に満ち溢れており、これ程までに情緒豊かな商品への期待と歓迎は、想定を超えている。
「胸ポケットが付いていることには失望したが、彼らは直ぐに解決してくれるだろう。」
「生地の光沢、衿の柔らかさは想像もしていなかった。」
注)弊社では接着していない、昔ながらの綿芯を使っている
「販売スタッフの親切、丁寧さ、
あの小さな店はグレートで、エレガントな店だぞ!一見の価値有り」
と、公平で暖かい様々なアドヴァイスを頂いている。
ニューヨークを、公務や商用で訪れる他国からの来店も多い。
英国、仏国、メキシコ、イタリア等からも是非とも、というお誘いも受けている。
日本人が知らない日本の力を知っているのだ。日本にはすごい力があるのだ。
こんな当たり前のことを、知らなかった自分が情けない。
反省と勉強に拍車を掛けねばならない。
彼らの装いの神髄は『上質なものは、あくまでもシンプルであるべきだ 』
その一言に尽きるという事を知っていることだ。
シャツの胸ポケットに物を入れたら、シルエットが美しくなくなってしまう。
上衣には、沢山のポケットがあるが、上等なスーツのポケットには物を入れない。
なぜなら、型が崩れるということを知っているからだ。
昨今の日本のクールビズシャツブームは、人格を貶めるものである。
シャツの衿が二枚になっていたり、色釦がついていたり、ボタンホールに色糸を
使っていたりする。
ICチップがついている社員証を首から下げているサラリーマン。
せっかく、スーツ、シャツ、ネクタイをコーディネートしていても、
赤、緑の色紐が全て台無しにしている。
便利がよく会社の都合で支給されるものに、何も考えず従う国民性には絶望してしまう。
クールビズもしかり、会社のTopがやるから無批判に右へ倣えである。
服装は自分の都合だけでない。相手への礼儀をはらうべきものと、いう事を忘れている。
会社のTopにある人が絶対に偉く、正しいとは限らないのだから。
まして、洋服の文化など、知識のないかもしれない会社のTopを、模倣するなど
甚だ自分にとって、リスキーな事と思ってほしい。
Topマネジメントの方々についてはこんな事を考えて欲しいものだ。
自社が海外と向き合う時に、服装はどうあるべきか?自己都合だけでよいのか?
外国語を修得する前に礼節だ。服装について考えを巡らせて欲しい。
ニューヨークジェントルマンは、まさにこの事の大切さを知っている。
プロの私達ですら、うかうかしてはいられない。
一方、私たちも、世界基準を越える商品を創り出す為には、
日本人は手先きが器用であるなどではすまされない。
私達と共に世界を目指そうと誓った工場の皆様にも、
現在の技術力だけでよいのか、考えさせられた。
ニューヨーク開店に駆けつけて下さった工場の皆様11社の方々にも、
さらに高いレベルの基準を設定し、挑戦して戴く事になった。
“百聞は一見に如かず”である。
現地を実感した人達は、新たな挑戦に奮い立っている。
体験する重要さが再確認される毎日である。
やってみなければ、進歩はないのだ。
カテゴリ:貞末良雄のファッションコラム
【番外編:繊研新聞より】技術の高さに自信もて
更新日:2013.1.30
《欧米市場に挑戦を》 メーカーズシャツ鎌倉会長
国内でのものづくりが進まないのは日本のアパレルメーカーが海外市場に進出する際、欧米の先進国ではなく、新興国を選択していることと無関係ではない。
当社は昨年秋冬、ニューヨークに海外初出店をした。米国人は大雑把な印象があるが、日本人が想像する以上に品質に厳しく、あなどれない。そういった中で、当社のメード・イン・ジャパンのシャツを高く評価してもらえた。
他のアパレルメーカーの経営者も欧米市場に挑戦し、肌で感じてほしい。
~中国市場でいいのか~
日本のアパレルメーカーの中国進出をジャーナリズムも評価する向きもあるが、洋服文化の後進国で成功したとしても意味がないのではないか。
欧米のアパレルも中国などアジアへの参入を強めており、日本が競争に負け、凌駕(りょうが)される可能性もある。
ブランドエクイティーも落ちかねない。
大半のアパレルはものづくりを商社に丸投げし、コスト増を回避してきた。
SPA(製造小売業)による原価率20%以下で粗利益率を6割残すという経営は、企業としては正しいかもしれないが、顧客にとって正しいのか。店頭でプロパー消化率50%を切る状況が健全をいえるのか。
セールの問題もしかり、アパレルメーカーの自滅の構造は「VAN」倒産のころから変わっていない。
日本市場が飽和状態だから海外進出するというが、まだまだやれることはあるはず。
ものづくりから真剣に取り組んでいるところが少なすぎる。
いくつかのアパレルメーカーでは、さらに国内工場を閉鎖するところもある。いくらメード・イン・ジャパンの良さを訴えてもむなしくなることがある。それこそ作り手と売り手がウイン・ウインの関係になるのは難しいだろう。
こういう状況でファッションの世界はハッピーなのだろうか。
~信頼関係が不可欠~
いいものを作るには作り手と売り手の気脈が通じてなければならない。「この人のためならここまでしよう」という信頼関係が不可欠だ。現在は単なる取引相手というだけで、効率を重視するあまり、作り手の意向も変調してしまう。
アパレルメーカーのトップが生産現場に行かないのも問題だ。作る機能に関心がない人が多すぎる。
このままでは作って売るではなく仕入れて売る企業になってしまう。
その際、安くて、納期どおりで、クレームのない程度の品質という低い基準になりかねない。
当社のニューヨーク店オープン時には日本のシャツ縫製工場やボタンや芯地など副資材メーカーなどパートナーである作り手のみなさん(25人)にも米国まで来てもらった。店舗のウインドーに飾ったシャツを見た米国人からは、「細かいステッチがきれい」「昔のブルックスブラザーズのようだ」などと日本の縫製技術の高さが注目された。
作り手のみなさんも自分たちが作った商品がトラッドの本場である米国・ニューヨークの消費者に評価されるのを目の当たりにし、理屈でなく「未来への光」を実感してもらえたと思う。
カテゴリ:番外編
NEW YORK 再確認 <私達は洋服の歴史の無い民族であること>
更新日:2012.11.30
日本古来から受け継がれている固有の文化、衣・食・住という生活の背景は、高度に洗練され、情緒豊かな感性は精微な技によって、表現され、世界中の人々に受け入れられ、尊敬もされている。
食の世界は、まさにinternationalであり、住の世界も自然と共存する建築のスタイルは多くの生活様式に採り入れられている。
次に着物である。
これは芸術として世界に評価されているが残念ながら、日本でもそうである様に現代人の生活スタイルに浸透することが出来なかった。
第二次大戦の終了1945年と共に、焼け野原から日本は世界に追いつけ、追い越せと、猛烈に働き、服装は洋風化の一途をたどり世界経済の中で活躍するに相応しい服飾が進化することになる。
特にメンズウェアに於いては、社会的場面で要求される服飾のルールが厳然と存在し、脈々と受け継がれているのである。
私達のルーツは、何人もこのルールを伝承していない為、誰も教えてくれなかった。(唯一VAN JACKET創立者、石津謙介氏が、『いつ・どこで・なにを着る?』という著書の中で、西欧のルールを詳しく紹介している)、現代に至るまで、私達の着用する紳士服ワードローブは必ずしも、そのルールを守っているとは言えないのである。
西欧の人達から尊敬に値する服飾技術を持ち得る人達は、繊維ファッション業界に働く人達と言えども、その一部の人達と限られている。
日本には『ぼろは着てても心は錦』、着る服よりも心の清らかさ正しさを貴ぶ単一民族としての寛容な一面があるが、文化ルーツの違う、異民族間での交流では、こんなことは許されることはない。
1607年、スーツシステムを発明した英国は日の沈まない国として、世界を制覇する。彼らの着用する服飾が、経済性、活動合理性、さらにそのカッコ良さ(強い征服者がカッコ良く見えるのは当然である)、情緒性に於いても、世界基準になっていったのである。
従ってこの基準から外れていては世界的な場面で共通の目的の為に、活動する仲間とはみてもらえない。外来者の扱いに甘んじなければならない。少なくとも政府の官僚、経済界のTOPの方々は、かつての戦国武将の様に、その出立ちが一瞬で相手を圧倒しなければ、緒戦敗退である。
いかに服装が大切であるかを知らねばならない。
残念ながら、紳士服飾の仕事に携わったそれでもごく一部の人達しか、この事実を体験していない。
グローバル化が叫ばれている今日、紳士、淑女の服飾技術は学校の初等教育が必要である。
(繊維産業の衰退の一因も、この基本から外れ日本の技術や伝統工芸の力が、世界基準の生活スタイルに照準が定まらず、無駄な失敗を繰り返しているのではないか。現代の生活者が何を必要としているのか、その先にビジネスがあるのだから)
私達メーカーズシャツ鎌倉は、長い経験と研究の末、NEW YORK MADISON街、紳士服の聖地と言われる世界最高峰のマーケットに、シャツSHOPを2012.10.30 OPENした。
英国風でエレガント(グレアムマーシュさんのコメント)な高級感の漂う、清潔な店である。
客層はマディソン街で働く、マッドマンと呼ばれるジェントルマンである。
開店と同時にこんな人たちに買ってほしいと、心から願ったジェントルマンが来店する。
店の雰囲気が彼らを誘い込む。
ウィンドウのDISPLAYを見て、そのシャツのステッチが美しい、ネクタイはまさに正統派であると、口々に驚いた風で入店される。
値段などは一向に気にかける風でない。
ひたすら商品の完成度を賞賛し、必ず100%試着する(シャツを試着させないで売るなどもっての外だと、石津先生は口癖だったな~と思い出す)
この人達はもしかしたら、私達以上に服を知っている。何が良い服か説明する必要は全くない。これがNEW YORKの時代をリードするジェントルマンなのだ。身の引き締まる思いである。
聞けば彼らは、おはようの挨拶の後で、必ず自分の服の話、相手の服の批評が日常だそうだ。自分が相手にどう見られているかが重要なのだろう。ビジネスは一瞬で決まる。彼らは日々体感しているのだろう。
タバコを吸う人もいない。アメリカ人太っちょ、そんな人は入店して来ない。体は鍛えられている。超ビッグサイズ48cmNECKなどは殆ど売れない。日本の平均サイズよりは2~4cm大きいだけだ。
しかし胸板は厚い。
見事にスタイリッシュである。事前の調査データに無い人々である。
リーダーシップを持つ人、それを自覚する人々はアメリカ平均値ではなかったのである。
まさに私達が想定したお客様であった。
接客して冷や汗を二度。
ボタンダウン以外のシャツに何故胸ポケットがあるのか?
上衣に沢山ポケットがある。シャツにまで必要ない。そもそもシャツの胸ポケットに物を入れてスタイリッシュに着ていると言えるのかね?
ボタンダウンはヴァーサタイル(ドレスでもカジュアルでも着るから)理解できる。
英国人、シャツにポケットがある為、購入に至らず。
米国人、スリムフィットに胸ポケット。君の頭を疑うね。あるいは洋服の事知らないねと注意される。
次に私達はcmであるが、彼らはインチ(2.54cm)の世界。
私達はcmからインチに置き直した為に、1インチを3等分したSIZE表示をしてしまったが、彼らには体感出来ないSIZEとして、何故の連発であった。
日本ではシャツの胸ポケットが無ければ、買わない人が多いが、NEW YORKでは逆だ。
両者比較すると、シャツは最もスタイリッシュに着る、下着から進化したものでもある。シャツの胸ポケットにタバコを入れる。
最近では首から下げた社員証を入れる。
その吊り紐赤や緑で、折角のシャツ、ネクタイのコーディネートの上に赤、緑、紺の紐がぶら下がっていれば、服装全体がだいなしではないか。
彼ら一流のニューヨーカー達は、仕事の一瞬に服飾の力を利用し、自分がいかに誇り高き活力に満ちたセクシーな男であり、さらに相手から尊敬を集める人間であろうとしているのだ。
メーカーズシャツ鎌倉のミッション。
「世界で活躍するビジネスマンを応援する」
一層の啓蒙と、私達の社員全員の今一層の努力が求められる。
カテゴリ:貞末良雄のファッションコラム
【番外編:出石尚三】豆腐とパンとシャツ~ニューヨーク進出~
更新日:2012.10.3
江戸の町で朝がはやかったのは、豆腐屋である。これはもう言うまでもなく、毎朝の仕度に欠かせなかったからだ。味噌汁の具にし、またそのまま食べることもあっただろう。
なにごともその道その道でのご苦労はあるらしく、豆腐屋は声が良くなくてはならなかった。朝まだき、「エー、とうふィー、とうふィー」と呼び歩くのだけれど、どうしたって声の、調子の良いほうの豆腐屋を呼びとめたからであろう。あの、豆腐屋のラッパがいつごろからはじまったのかは知らないが、江戸のころにはそれぞれに地声を張りあげたのであるらしい。
巴里で朝がはやいのは、ブウランジェ(パン屋)だろうか。これもまた、豆腐と似ている。巴里では、と言うかフランスでは、朝起きてすぐのカフェ・オ・レと、焼き立てのブリオッシュは欠かせない。もちろん好みによってバゲットのこともあり、クロワッサンのこともあろうが。ブウランジェは呼び込みこそしないが、まだ暗いうちからあのパンが焼ける独特の佳い香りが流れてくるから、すぐに分かる。
そしてニューヨークで意外に朝がはやいのが、シャツ屋。これは広く洋品店ではなく、「シャツ専門店」。もちろんすべてのシャツ専門店がと、断言するつもりではないが、少なくとも東京をはじめとする他の都市ではあまり見かけないことである。どうかすると九時、八時、七時に店が開いていたりする。それが実に、ちゃんと客が入っているのである。いや、その時間に客の来ることが分かっているからこそ、店のほうでも開けるのであろうが。
ニューヨークのビジネスマンは割合、朝がはやい。たとえば重役ともなると朝食ミーティングというのも珍しくはない。あるいは朝一番で、重要会議があったりする。昼は仕事で忙しく、夜はエクササイズなどに励む。となれば少し時間を繰り上げて、朝の時間を有効に使おうというのである。ニューヨークのビジネスマンが朝はやくから人に会うのは、一つの特徴と言って良いかも知れない。
さて、そのブレックファースト・ミーティングなどで必要になるのが、シャツ。もちろん、スーツも、タイも、シューズも疎かにして良いわけではないが、まずはシャツなのだ。ニューヨークっ子が全体の服装の中でシャツに重きを置くのは、まず間違いないところである。これから百万ドルの商談をしようというのに、いささか年期の入ったシャツで相手に会おうという発想は、真っ当なビジネスマンなら持っていない。エリート・ビジネスマンであればあるほど、シャツに対して誰よりも潔癖な考え方を持っている。
このシャツに対する潔癖症はどうも、ロンドンやパリやミラノなどに較べても第一位であるように思われる。結局のところ、ニューヨークのエリート・ビジネスマンにとっての理想は、真新しいシャツを毎朝着ることではないか。そうも考えたくなってくるのである。新しいシャツには、新しいシャツならではの匂いがあるもので、おそらくニューヨークのビジネスマンは、あの新しい匂いに逆らいがたい魅力を感じるのであろう。
白い、出来上がったばかりの、新しいシャツ。それはちょうど日本人にとっての朝一番の膳の上の豆腐の白さ。フランス人にとっての焼き上がったばかりのブリオッシュの匂いにも匹敵するのではないだろうか。それはともかく、ニューヨークにはニューヨークの、シャツの文化があることは間違いない。
『ホワイト・カラー』は今も生きている言葉であろう。が、これはれっきとしたアメリカ生まれなのである。アメリカの作家、アプトン・ビール・シンクレア(1878~1968年)が、1919年の著作で『ホワイト・カラー』を象徴的に使ったのがはじまり。アメリカ人は、他の人たちよりもずっとシャツが、カラーが気になるのだろうか。
『ホワイト・カラー』のついでに、というのではないが、『ブルー・カラー』。これもまた、そもそもはアメリカ語なのだ。1950年、『タスカルーサ・ニューズ』の中で使われたのが、最初であるという。ただしこれには若干の誤解が含まれているかもしれない。『ブルー・カラー』はブルー・カラーなのだけれど、もともと作業着としてのオーヴァーオールズ(つなぎ)の襟を指していたのだそうである。
ホワイト、ブルー、とくれば当然、『ピンク・カラー』にもふれておくべきであろう。『ピンク・カラー』は本来、「女性に向いた職種」の意味であるらしい。もちろん1970年代にはじまったアメリカ語であることは言うまでもない。しかし、そうではあるのだけれど、今、まさに『ピンク・カラー・ワーカー』とも呼ぶべき現象が、深く、静かにはじまっているのではないだろうか。
それは女性のビジネス・ウェアにおける傾向。現在は、女性のエグゼクティブが珍しくはない時代である。では、彼女たちはいったい何を着るべきであるのか。すでに広い意味での「スーツ」を着はじめていることは、言うまでもない。そうなると「スーツ」にもっとも収まりが良いのはやっぱり、「シャツ」なのであって、これからは一段と女性用のドレス・シャツの需要が殖えるだろう。これを私は半ば冗談に、『ピンク・カラー』と呼びたいのである。
「シャツのカラーは、ネクタイの結び目の下でピン留めされている。こんなスタイルのアメリカ人を何度かテレビで見たことのあるダニーロフは、こうしたシャツがモスクワでも手に入らないものだろうかと思った。もっとも今朝にかぎっては、どんなものでもきれいなシャツさえあれば満足していただろうが。」
(ブライアン・フリーマントル著、松本剛史訳『猟鬼』新潮文庫)
これはモスクワ民警の大佐、ディミトリー・ダニーロフ。いわばこの物語の主人公でもある。おそらくは『ピンド・カラー』(アイレット・カラーとも)のシャツを眺めている場面であろう。その相手はラルフ・バクスター。ロシアの、アメリカ大使館勤務の書記官という設定である。ロシア人であるディミトリー・ダニーロフは、そのアメリカ人のシャツの襟に、眼が釘づけになったのだ。「欲しい!」と思ったに違いない。しかし現実は。
ロシア民警の大佐、ダニーロフは、朝、仕事で、アメリカ大使館へ行こうとして、着てゆくシャツがないことに気づく。妻のオリガは彼のシャツを洗濯していなかったのだ。ダニーロフはアメリカ大使館へ行くのに、きれいなシャツを着て行きたかった。それで仕方なく、何日か前の、もうすでに洗濯籠に入れてあった、縞柄の、袖口が擦りきれた、皺くちゃのシャツを引っ張り出す。オリガにアイロンを掛けてもらうために。これでひと悶着おきるのだが。まあ、そんな家庭の事情もあったために、余計、ラルフ・バクスターの白い、ピンド・カラーのシャツが眩しく見えたのであろうが。
もっともフリーマントルが『猟鬼』を発表したのは1992年のことである。今のロシアのビジネスマンの、シャツ事情がそうであるわけがない。第一、これはスパイ小説というフィクションでもあるのだから。しかしロシアであろうと、はたまた日本であろうと、ビジネスマンにとっての毎朝は、小さなシャツ戦争でもあるのだ。誰だって、少しでも新しい、立派な、佳いシャツを着てオフィスに向かいたいのである。そのあたりの男の心理をさすがに苦労人の、ブライアン・フリーマントルはうまく描き出しているではないか。
そしてこの話には続きがあるのだ。いや、しゃれたオチと言っても良いかも知れない。『猟鬼』の主人公であるロシア人、ディミトリー・ダニーロフはアメリカでの、与えられた任務に成功するのである。で、どうするのか。小説の最後の部分。
「好みのシャツを三枚手に入れ―一枚は襟元をネクタイの下でピン留めするもの―オリガのために香りを買った。」(前掲書)
当時のロシアでは売られていなかったかも知れないお気に入りのシャツを、手に入れるのである。その中の一枚は、かねて憧れて眺めたことのある、ピンド・カラーのシャツ。そして妻のオリガには、香水。これでたぶん妻は、ダニーロフのシャツを洗うなり、クリーニング店に出してくれることであろう。
余計なことではあるけれど、ダニーロフは三枚のシャツを買ってよかった。一枚のシャツではどうしてもそればかりに袖を通す結果となって、痛みがはやいからだ。もし可能ならば、お気に入りのシャツは1ダースお求めになるようおすすめする。結局は、そのほうが永持ちするからである。
絹か、木綿か。これは日本人にとっては、大問題なのだ。もちろん絹ごし豆腐と、木綿ごしの豆腐。どちらでも同じ豆腐であることに変わりはないではないか、などという日本人は誰ひとりいない。湯豆腐であれ、冷やっこであれ、「絹」と「木綿」とでは、大違いなのだ。
つまり、それほどに日本人の感覚は細くて繊細なのだ。それはシャツの生地の選び方ひとつ、シャツを縫う時の針の運び方ひとつとっても言えることなのである。今、現在、シャツの縫い方と、仕上げとにおいて、私は間違いなく日本が世界一だろうと考えている。
その世界一のシャツが、ニューヨークに進出する。なんと素晴らしいことだろう。おそらく世界一、シャツの鮮度を気にするニューヨークで、世界一の技術に裏づけされたシャツが入手できるのだから。
毎朝の、ビジネスマンのシャツ戦争、ますます愉しくなることだろう。

カテゴリ:番外編
哲学の本は難しい<何故と問う事から始めてみよう>
更新日:2012.8.17
哲学者は物事の本質を追及するとき、今までに考えられている、通念と成っている事象を根本から洗い直し、一歩ずつ、正確に、反証出来ない語彙で論述し、まわりくどく反復する為、読む方は疲れてしまう。
やがて何を語ろうとしているかさえ、判らなくなってしまう。自分の頭脳の回路がそれに追いつかなくなる。だから難しいのだ。
しかしこの通念を疑う事、当たり前と思ってしまっている事の中に、大きな誤謬が潜んでいたりする。私たちの上辺の理解を根こそぎ剥ぎ取ってしまう事もある。
だから、哲学者でない私達は、何故と問う事から始めてみたい。
子供は何でも「何故」、「どうして」と聞く。
そして成長する。
問うた数の多さと、正しい回答を得た経験の多さが、成長の度合いに関係があるのだろうか。
何故と問わなくなった時に、その人の成長が止まると考えられないだろうか。
老化現象は、何故と問う、考える事が面倒臭くなった時から始まるのではないか?
何故と問わない限り、回答は得ることが出来ない。
人の成長も企業の成長も、「何故」、「どうして」と正しい問いを投げかけ、正しい回答を見つけ出すことが進歩ではないのか。
成りたい自分、理想とする自分を思い描く。
そのあるべき自分と今の自分が、どこが違っているのか。それは何故か。
思い描く姿が遠すぎて諦めてはいないのか。
何故近づけないのか、近づこうとしていないのか。
そもそも、理想の自分の設定が間違っていたのか。
私は生まれてきて、何をどうしたいのだろうか・・・
会社についても同じようなものだ。
会社がうまくいっている。
本当にそうだろうか。このまま未来永劫にそうなのだろうか。何故うまくいっていると考えたのだろうか。うまく行っているとは一体何を持って、そう断じるのだろうか。
今はもう過去だから、未来は誰も判らないから。
今日、初心に一歩一歩努力を積み重ねる。
それしか人間のやれる事はないのだから。
いつも満塁ホームランに恵まれることはない。
うまくやれた昨日と同じ事を繰り返していて、明日は約束されると考えるのはあまりにも無謀だ。
もし会社がうまくいっていないとしたら、それは一体何故なんだろうか。
自分は間違っていなくて、周りのもの総てがこの会社を悪くしていると考えるのは正しいことなのだろうか。本当に自分は間違っていないのだろうか。
自分を含めて、一体何が原因なのか、うまくやれている同業者とどこが違うのだろうか。
そもそも自分の会社は何の為にあるのだろうか。
誰の為にあるのだろうか。
世間に必要と許されなければ会社なんて、うまく行くわけはない筈だ。
どこで踏み外してしまったのだろうか。
会社の存在が世間から許されたり、祝福されない限り、存在の意味がないとしたら、それを個人に置き換えてみたら自分は何なのだろうか。
会社と同じように、うまくいっている自分なのだろうか。そうだとしたら、このまま未来永劫に、と考えてよいのだろうか。
若くて美しくて健康で、ハッピーを謳歌しているとする。やがて歳もとる。このまま健康や美を保つのはどうするべきか。その時が来たとしたら自分をどの様に処するのだろうか。その時は絶対に来るはずはないと、無視してしまうのだろうか。
今の自分はどう考えても、うまく行っていない。
それは、他人のせいなのだろうか。
私は何の為に誰の為に生きているのだろうか。
山奥で一人で生活していないとしたら、人々と交わって生きている私は、必要とされる人間なのだろうか。人々から祝福され、なくてはならない人間なのだろうか。
何故と問う、正しい質問にしか、正しい回答は生まれない。
正しい問いとは何なのか。
皆様と毎日考えたいですね。
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