Maker's shirt 鎌倉

貞末良雄のファッションコラム

私が知っている中国


ハルピンに行ったのは、1987年約25年も前になる。
その時ハルピンの空気のきれいな事、食べた食物も自然のままであった。
東京の空と違う青い空、なんと素晴らしいと思った事か。

2009年の春ハルピンから仕入れ先の一行が東京にやってきた。
東京の感想は?と聞くと、何と空気がきれいな事、空の青々としている事と、感激していた。

四半世紀の間に環境は全く逆転していた。
当時ビル一つもなかったハルピンは、高層ビルが立ち並び、近代化にまっしぐらだ。
いたる処建設中で、土地が掘り返され、土埃が空を覆っている。
暖房とアパートと少しばかりの生活の豊かさの代償は、環境破壊だったのだろうか?

北京空港から市内まで、細くて長い車道が延々と続いていた。
いったいどこまで、この真っ直ぐな道は続いているのだろうか、畑の中の一本道だ、さすがに広い国だ。
車などはまれに見るほどで、渋滞などは無縁、今は市中心から環状8号線まであり、8号線の円周は『東京~浜松』に相当すると聞いた。
呆れるほどスケールが違う。
平日でも環状6号線までは、いつも大渋滞で、7号~8号線はかろうじて車で走ることができる。
この20年間の中国の近代化はすさまじく、私は年に十数回中国にいくが、一度も青い空を拝んだことがない。
上海に住む友人は、青空は年に2度ぐらいかな…なんて言っている。

中国人と平均寿命の話をする。
中国では60歳を過ぎた人は、完全に引退して、ただの老人になる。
寿命は日本人より15年ぐらい短い。
それは仕方がないと彼らは言う。
きれいな水がない。
食物も汚染されている。
そんな生活しか出来ない。

寿命が短いのは当たり前だ。日本に行った事のある人達は、口々に日本はきれいだ、空が青い。
食べ物は何を食べても安心出来るし、うどん、ラーメン、寿司、何でも美味しい。
人々は礼儀正しく、サービスは完ぺきだ。
自分達に出来ないサービスに感動する。

電化製品も「メイド・イン・ジャパン」は、丈夫で長持ちする。
中国製は駄目だ。
でも、日本に来て「メイド・イン・ジャパン」が少ないのは淋しい、残念だ。
捜すのに苦労する。
大きな声では言わないが、彼らは日本を尊敬し、大好きなのだ。

あの漢方薬ですら信じていない。
日本に来たら薬を大量に購入する。
お米もいくら高くても買う。
ついでに炊飯器も変圧器も購入する。
日本の変圧器は小ぶりで、中国のものは炊飯器並みに大きい。

日本に住んでいて、ツアーで海外旅行しても、その国の事は判らないから、日本人は自分たちのすごさを知らない。
若い人たちの中には、何も考えずに疑問を持たなくても、先輩の築いてくれた日本が、どんなに尊敬されているか、凄いか、全く感知していない。
無形の財産をみすみす失いかけているのだ。

1974年に一緒にハワイへ語学研修した友人が、上海に住んでいる。
彼はコンピューターシステム設計会社で、進出日本企業の社長をやっている。
彼も10年位上海に住んで、ようやく注文が取れるようになったが、途中帰国を命じられる。
彼の居ない上海では、注文が取れなくなった。
2年後に再赴任して、バリバリと受注を取り始めた。
彼の人柄と懐の深さが中国人に信頼されたのだ。
人脈を築かなければ仕事は出来ない。
働いている会社のネームヴァリユーよりも個人的魅力、人間力が評価される。
17年目になるが、彼はもう中国人だ。

彼曰く、日本のルール、考え方、保守的な行動は通用しない。
決断とリスクテークがなければ、軽視されても仕方ない。
中国では何でも在りなのだ。
日本人の枠の中で考えたら何も出来ない。
13億も人が居るのだから、我先にと、早い者勝ちも理解できる。
常にトップがセールスする、決定権のある人が最前線で決断する。
序列はことの外、重んじるようである。

日本流で担当者が案件を持ち帰って決定する方式は、彼らは交渉時間の無駄と考えている。
トップが出てくれば、トップが対応する。
これが流儀だ。
担当レベルであれば、担当レベルが対応する。
何事も、何時までも決まらない。
日本人との商談は後回しにされる。

私の友人は10年前に現地の女性と再婚した。
30歳も年下だ。
子供が何故か二人もいる。
合法的に二人いるのである、9歳と7歳だ。
7歳の男の子は、優秀で飛び級でお姉さんと同級生になった。
奥様は60人しかいない寒村から山を下りて、南京で苦学して日本人ツアーガイドをして彼と知り合った。
19歳の時である。

最近その子供たちが冷蔵庫に買っておいた日本製の牛乳をよく飲む。
中国製には口もつけない。
値段も4倍ぐらい高いので、透明なビンに入れ替えても、日本製か判るのかそれしか飲まない。
大人には味の区別がつかないが、子供たちは判っているらしい。
いつの間にか日本製しか口にしなくなってしまった。
久光百貨店で購入するが、経済は大変だ。
奥さんもシャンプー、薬、ビール、全て日本製しか買わなくなった。
お土産は、シャンプーと風邪薬とお米が欲しい。
生命に関わるものだ。
値段はいくら高くても購入する。
それが今の中国だと言う。

何故日本は早く自由貿易を選んで、13億のマーケットに日本製品、農産物を売り込んで来ないのか?
彼は憤懣やる方ない様子で、会う度に内向きの日本人を嘆いている。
意思決定出来る人間が、もっと積極的に他文化を学び、現場から得る情報で決断しないのか。
地位の上の人ほど怠け者だと言っている。

1945年、第二次世界大戦で全てを失った日本人は、再び日本の復活を信じ、外向きに外向きに発想して、日本を再び繁栄に導いた。
どん底から這い上がった大和魂を忘れてはならない。

世界のパラダイムが大きく次元を変えようとしている今こそ、一人一人の強い民族意識が未来を切り開く鍵ではないだろうか?

親切


このテーマは、私の生涯を通して考え続けているテーマである。

それは私が小学校4年生の頃の事であった。今にも雨が降りそうな空模様であった。
学校から帰る途中の道に乞食のオジさんが坐って、物乞いをしていた。
当時は、第2次大戦で負傷した帰国兵が包帯を巻いて、痛々しい姿で街角で物乞いをする姿をよく見かけたものであった。
そんな理由で、物乞いするオジさんは特別にめずらしいものでなかったが、私が通り掛りに見かけたオジさんは何故か弱々しくうつむいていて気にかかった。

家に帰るとやがて大粒の雨が降り始めた。
私はうすら寒くなった空を見上げ、あのオジさんはどうしているのだろうか、冷たい雨に濡れて困っているのではないか、私は大きな番傘を持って、そのオジさんの処に戻って行った。
予想通り、そのオジさんは雨に打たれさらに弱々しく、坐っていた。
とても可哀相に思い、思わずオジさんに傘を差しかけて、せめて雨に濡れるのを防いであげた。

雨は何時までも止まない。
私は、その場から去ることも出来ない。
オジさんは何も言わないで、今までと同じ姿勢で坐っている。
私の方には1度も振り向いてもいない。
それでも、オジさんは雨に濡れないで坐っている事が出来る。
幼な心に良かったなあと思う。雨は止む気配もない。

そのままのポーズで、2時間も経っただろうか。やがて辺りが薄暗く夕方になっていた。
私が家に居ないことを母が心配して、私を捜しにやって来た。「良雄、晩ご飯だよ。帰りましょう。」 
私は母に、「でも…帰れない。」
母は私に少しきつい口調で「帰りましょう。」 
渋々、母と一緒に帰る私の不満そうな顔を見ながら母は、「良雄、お前は親切でやさしい子だね。お母さんは、きれいなお前の心は判っているよ。しかし、良雄、考えてごらんなさい。あなたが傘を差して助けてあげている間、あのオジさんには誰もお恵みをあげなかったでしょ?」

その通りだ、と私は思った。
「お前のやさしさは本当に素晴らしい事だけれども、そのやさしさが、あのオジさんから晩ご飯を奪ってしまったとしたらどうなんだろうね?やさしいということは、むつかしいものなのよ!」と母は言った。

幼い私の心がはり裂けるように、理性と感情がぶつかり合っていた。
私は何の報いを求めたわけではない。それならオジさんは私に帰れと叱ったのではないか。
オジさんは何も言わなかったが、とげとげしい表情もしなかった。
2人の間には暖かい空気が漂っていた様にも思えた。
本当にあのオジさんを何とかしてあげたかった。
そして傘を持って、オジさんが濡れるのを防いだ。
しかし、その為にあのオジさんは、晩ご飯にありつけなかったのだ。

幼い私は、本当の親切とは何なのか判らないまま、その宿題が私の長いテーマになってしまった。
親切が相手を不幸に追い込む事がある。
真の親切は全体を見透かす力を持って、相手にも自分にも為に成ると信じた事をやり遂げる。
本当の親切とは叙情的にならず、それを相手が快しとしない場合でも、結果が良い方に向かうと信じて、勇気を持ってやっていく。
ビジネスの世界ではその様に割切るべきとやって来た様に思うが、果たしてそれが正しかったのであろうか。

親切とは何か、WEBで調べてみても、辞典を読んでもみても、気の効いた解は見当たらない。
ラ・ロシュフコーの言葉にこんな言葉がある。
『本当の親切ほどまれなものはない。人に対して親切なつもりでいる人は、通常ただただ人を喜ばせようとする心か、さもなければ弱い心しか持っていない人だ。』
これも大人の考える世界だ。10才の子供の世界ではない。

さて、皆様はどのように考えますか?

カンブリア宮殿秘話(最終話)


暗い楽屋裏を案内され(何と多くのスタッフが下働きしているのだろう)例の階段へ。
途中、製作担当者から、「私が合図したら階段を登って下さい」
階段下は、すでにモニター撮影されている。

衿を正して、気合いを入れながら、目は階段ではなく、横目で合図を待つ。
どうも不自然なポーズだ。
登場への気分の集中が出来ない…
やがてとは言っても一瞬であるが、合図の手が挙がる。
よし行くぞ!

モニターに映っている、私の表情を観て、私の応援団の皆様は、私がすごく緊張していると思ったらしい。
“会長が上がってしまって、失敗したらどうしよう”等々、余計な心配をしていた様だ。
気合いを入れて、覚悟を決めているから、皆が思っていたよりは、上がっていない。
ぶっつけ本番への戦闘開始だ。
どこからでも来いの心境である。

段差の大きな階段で、登り難い。私の足の長さは計算に入っていない様だ(当り前だが)。
壇上に上がると既に村上さん、小池さんが出迎えて下さる。テレビで見たシーンだ。

椅子に座わる。あまり座り心地がよくない。
見た目よりは質素な作りで、大きくて、どう座ってよいか。
座った時に、どんなポーズが良いのか。
一番困ったのは、手の位置である。腰掛にも置けない。
村上さんの座り方を模似する。何しろ2時間の収録だから、長期戦の座り方が必要だ。

落ち着くと、心配そうな応援団が左下に見える。私より緊張している様だ。
いつもの視聴者の姿が見えない。
5台のライトが照している。
まぶしいので、ライトは見ない様に心掛ける。

スタンバイの前に、スタイリストが服装のチェックをする。
私のネクタイのセンターディンプル(窪みをつける)をプレーンに直そうとする。
メンズウェアは、少なくとも私はプロだ。スタイリストの指示には従えない。
応援団は固唾を呑んで凝視したそうだ。
“あっ!まずい”
直されたタイの結びを元に戻す。

くだんのスタイリストは村上龍さんに近づく。
私が直しましょうか、と声を掛けるが、従う様子もない。
この番組では、村上龍さんのタイの結び目がいつも気になっていたので(センターディンプルがない)、思わず御節介をやきたくなる。
いよいよ撮影開始。
見えるのは正面のライト、左下隅に陣取っている応援団。
右手に村上さん、小池さん。
カメラに向いて喋るのは当り前だが、質問される右手の両名の方を見逸すわけにはいかない。
カメラは私にとって、テレビを観て下さる方々であるから、その人達に語りかけることが重要で、この番組は、私と村上さん、小池さんの座談会ではない。
考えてみれば、会社のコマーシャルを、テレビで放映する費用は、天文学的な金額だ。
54分間も放映される。コマーシャルの意図は無いにしても、それなりに会社の認知は高まる。私の言葉、ワンフレーズは何百万か??
この場合、沈黙は金どころではない。
一言金の如しである。

村上さんの表情が柔い。シャツ好きだからかな。
質問は流石である。多忙を極めている売れっ子タレントである。
時間が無くて、小さなシャツ屋のオヤジとの対談に、準備の時間はない筈だ。
数々の質問、どうしてこんなに、私達の会社を、シャツを、流通の事を知っているのだろうか?

私と村上さんのやり取りを、熱心に耳を傾ける小池栄子さん。
その表情は、テレビには映らないが、聡明そのものだ。この人は頭の良い人だと思う。
それ以上に、テレビで観るよりもチャーミングである。
グラマー女優さんと聴いていたが、とんでもない。
私の話を真剣に聴いて、うなずいて下さる。
村上さんは、何を聴いても驚かないポーカーフェース然とした処もあるが、小池さんの態度に勇気づけられ、思わず饒舌に、スラスラと語れる。
村上、小池のコンビの謎が解ける。
あっと言う間に2時間も終了か・・・

「ところで貞末さん。最近のリクルート…入社試験を控えた方々にアドバイスを」、と村上龍さん。
全く忘れていた、スタジオの視聴者の方々。
私の位置からは、左傾め後方で完全に視界に入らない位置に座っている。
予期せぬ質問。後ろを振り返って、初めてみるリクルーターの方々。
この質問は、とまどってしまう。
一生懸命、私の答えを待っている方々に、何かを言ってさし上げなくては…
このシーンだけは、私が何を言ったか憶えていない。心配だ…

最後に小池さん。
「どの方にも同じ質問をしていますが、あなたは、何の為に誰の為に仕事していますか?」
(番組では割愛されてしまったが)
私が「日本と、日本人の為に」と応えた時に、小池さんの目頭にうっすら涙が浮かんだのです。
この人は日本人なのだ。日本を愛している!
外見の美しさより更に内面の美しい人だ。
思わず収録中である事も忘れ、感動してしまう。
私も泪ぐみそうで困ってしまった。

放映後8カ月も経って、秘話といってもすこし間延びしましたね。申し訳ありません。

12月14日 放映を観る。翌日村上さんからメール戴く。「良い番組でしたね」 8月中から撮影が始まり、スタジオ収録11月4日、それからも駄目押しの取材、撮影。
100時間以上にも及んだと思う。
それを50分に編集。夜昼問わず、テレビ局のスタッフの働き振り、熱意と体力に心から敬意を表したいと思う。私ではなく番組はこの人達の汗と涙の結晶なのだ。有難う。

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カンブリア宮殿秘話(2)


どうして、こんな羽目に成ったのだろうか。
走馬灯のようにこれまでの事が思い浮ぶ。

あれだけ嫌だと思っていたのに、とうとうここまで来てしまった。
出ると決ったけど何時放映されるか判らない。
報道番組と繰り返し説明されているので、どの様な番組になるのか見当もつかない。
物語りではなく、実際の姿を正確に忠実に報道するということだ。

会社のオフィスにも新人研修会にも前触れと同時にカメラマンがやって来る。
カメラが回っている。緊張、意識する。
やがて30分もするとカメラマンの姿が見えなくなる。もう帰っちゃったのかなと…。
全く意識からカメラが外れる。どうもここからが彼らの本番なのだろう。
いつのまにか自然にいつもの通りに仕事が出来る。

この番組の事は知っていると思っていたが、観た事があると思った番組はどうもNHKのようだ。似た様な番組なのだろう。
心配した妻タミ子は、カンブリア宮殿の収録本を2冊購入して来る。
「少しは読んで勉強した方が良いわよ!」と。

第一巻、トヨタの張社長から始まっている。
こんなに偉い人と比較されてはたまらない。困ってしまう。
読んで行くと特殊な技術やすごい秘話があるわけでもない。
皆、当たり前の事を言っている。”普通の事がやれる”それが凄いのかな。
普通の事なら私も何とかなるかも・・・と少し安心する。

番組を仔細に観る。
小池栄子さんは、テキパキと冷たい印象だ。
村上龍さんは、髪の毛が多いガッチリした人だな。凄く人気のある作家さんだそうだ。

早速、村上さんの処女作「限りなく透明に近いブルー」を読んでみる。24才の時の作品だ。
すごい物語で体験しなければ書けない・・・描写が凄すぎて頭がくらくらする。
半分読んでダウンする。私の年齢、体力ではこれ以上進めない。恐ろしい才能の人だ。
軽い読物、エッセイ集をみつけた。
村上さんがシャツを買い漁るエッセイを見つけ嬉しくなって読んだ。どうもシャツオタクらしいな。
それにしてもあんなに高価なシャツを何十枚も購う財力にもオタク振りにも驚いてしまう。
やはり普通の人ではない。

シャツの話なら少し自信がある。
番組を観ていると村上さんの眉間の皺が気になる。
頻繁に皺を寄せる時もある。どうも気に入らない時のシグナルのようだ。
気難しい人か?少々短気な人かもしれない?。

この番組は対談がメインに構成されている。収録中にこの眉間に皺が寄らなかったら成功だな・・・。
しかし、小池さんの突拍子もない突っ込みは要注意だ。突然やってくる恐れがある。
頭の中で仮想問答が始まる。将棋の先を読むより難しい。
一般の人も来て観覧している中で2時間もスタジオで対談する。
間違いは許されない。失言しても「ごめんなさい、やり直します」とは言えない。
これは一種の戦だ。考えねばならない。

「村上龍」とは何者だろう。
どうして小池さんとのコンビなのだろうか。番組の意図するものは何だのだろうか。
こうなったら会社のPRを秘かに狙い、社員の期待に応えたい。
そんなに上手く行くわけはないか・・・。

視聴者は、ビジネスマンが中心かもしれない。
家に帰り風呂を浴びてビールでも飲みながら・・・大半の人がこんな状況だろうな。
すこし頭がリラックスしている状態だろうから、難しい話や早口にしゃべる事も禁物だろう。
何万、何十万の目が観察している。どんな小さな嘘も見抜かれるだろう。
顔の表情が重要だ。今更顔は変えられないしこうなったら何も考えずに自然体でいくしかない。
今までの私が裸にされる、それがテレビかもしれない。

聞くところによると、村上さんが4900円の弊社のシャツを予想外に気に入って何枚かネットで購入して下さっているらしい。
弊社のシャツを正しく評価してくれる、本物のシャツオタクに違いない。
これは幸先きが良いぞ。眉間の皺は寄らないかも・・・。

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組織と組織図


私は、長いサラリーマン生活で組織の壁に何度ぶち当たり、それを超えて仕事が出来ないという痛い経験を重ねたものでした。
『組織さえなければ!』と、何度思ったことか。
あの上役がいるために、私の意思がTOPに届かない。

組織って一体何なのだろうか?何のために作られたのだろうか?
課長って何のために、誰のために居るのか?長く疑問に思ったものでした。

高度情報化社会が到来している。グーグルの検索で数億にもなる知識の収集を一瞬の内に出来る時代である。
自社の情報伝達は、これに負けないスピードで成されているだろうか?

組織は、情報を円滑に伝える方法の一つであるから、こんな時代になると、組織はなるべく平らな方が良いのではないか。情報は言葉だけではないのだから、働く人の息使いが聞こえる仕切りのない部屋が一番良いのかもしれない。

情報は、変化を伝えるものであるから、必ずしも言葉やレポートで伝えるだけではない。
変化は感知したり、知覚するもので、五感を通してなされる、人間には第六感も動員される。そして、その対応を行動に移さなければ意味がない。
従って、これらの知覚は集団全体に共有されるものでなければならない。
共有されれば、集団固有の財産であり固有の知恵となる。
組織集団は、変化を利用してイノベーション(変革進化)する。
変化は、座っていては感じることは出来ない。誰も教えてくれない。まして、レポート等では手遅れである。
欲望の変化は、対応するビジネスの場合、TOPが知覚しなければ、集団全体の行動指針は発令されない。

私が自分で会社を創った時、(といっても夫婦二人でしたが)やがて会社が大きくなっても、この苦い経験から絶対に組織は作らない。組織の無い会社にしたい。
いつも何かの目的の為に、全員でそれに向かってやっているタスクフォース型、又はプロジェクト型でやりたい考えを貫いてきた。

勉強すると、組織論には、集団が生きるために、必要不可欠な情報を共有する為に最も情報伝達を効率よく有効にするために、作りあげられるべきものであった。蟻の情報交換が参考にされたこともあった。軍隊の様に、双方の戦いは、この情報共有力に勝利の結果が帰したことによって、証明されたように思える。

集団が生き延びるために猿の集団はどうしているだろうか?
攻撃から集団を守るためには、群の中で一番遠目の利く者がその役に就き、高い樹に登り、危険を知らせる。
鼻の良い者は、食べ物や水の在り場所を安易に発見するだろう。
耳の良い者は、目の利かなくなった夜間の敵撃を察知する。
腕力の強いものは、子供を守り敵と戦うであろう。

この様にして、自然に組織だった行動がとられた集団が生き延びることになる。
組織は必要とされる部署に必要とされる能力のある者が、その任を遂行する。

自然の流れとしては、そうなるべきであるが、人間の社会ではこのような当り前と思える自然な組織が作れない。

私が学校を卒業して、就職試験に臨む目標とする会社の組織図を観た時、その立派な組織図。その頂点に君臨する社長様を支える、ひな壇の様な構成。ときには、その図を逆さまにして、TOPが一番下だから、TOPは皆様の下部(僕)の如く表現したりする壮大な組織図を見て、関心し、畏れ、尊敬してしまったりもしたものであった。

多段階ある組織図の会社こそが立派な会社だと思ってしまう。
それぞれのひな壇の頂点に立つ人の誇らしい表情が目に浮かぶ。

こんな巨大な組織の情報の流れは、どうなっているのだろう?
上位下達(上からの指令)
下位上達(下から上に上げる情報報告)
これが、有効でなければ組織体(集団)は生存能力を失う。

大企業病は、当り前のことが機能しなかったり、危険を予知して情報を発してもその情報の重大性を見逃してしまう。何が必要な情報であるか、誰も気にしない。
大会社なのだから、危機が迫ってくるはずはない。誰もがそう思い、油断してしまう。
組織の階段を一歩登る毎に、情報は50%消滅すると言われている。
3段階上がるころには情報は10%となる。

一方、情報と反する「雑音」は50%づつ増加する。
3段階上がると、雑音は90%になる。情報は雑音に消される。
組織の階段はこんな危険を孕んでいる。
TOPに正しい情報が届かず、雑音ばかりになると、TOPはいつの間にか裸の王様となる。

組織は、出来るだけフラットで、垣根の少ないのが良い。
叫んだら聞こえる。皆団子になって働くのが良い。
上役も部下も無い方が良い。
その中で、任の重い人が生まれれば良い。

組織が複雑巨大でなくても、部署間の縄張り争いが発生する。
部署TOPの権力の誇示が始まる。組織にある地位が上がるということは、その人はとりも直さず、集団の生存に関する、大きな責任を有することを意味するのである。集団の生存に大きな役割を持つわけだから、決して、権力を持つのではなく、責任が大きくなるのである。

そのために、汗をかき、身を現場に置き、誰よりも危機感を持ち、注意深く変化に対応しなければならない。身を賭してやるべき仕事である。
往々にして、部門長ともなると、両肘付きの椅子を要求し、深々と腰をかけ、その地位の居心地を楽しむ様になり、自分が権威を発揮出来る範囲に安住する。

身らの都合の良い情報を集める。権威を保つために権限の主張が縄張り争いになる。
意思の疎通を計るため、会議が増え、緊急でも必要でもないことに、多くの時間を費やされる。

自分の職務権力を失いかねないリスクを犯すことが無くなってしまう。
会社の目的が頭から消えてしまう。リスクの無い意思決定は無いのであるから、何もやらない、決められない組織上の長が生まれる。

【組織はあっても組織図は無い方が良い】
小さな会社でも、組織図を作ると、いっぱしの会社になった様に思える。
この組織図が会社を運営してくれるものと、勘違いする。
組織図からは、何も生まれないとは思わないのだ。組織は動いて機能するが、組織図は静止画像である。私達は組織図を観た瞬間から、それに囚われてしまう。固定概念である。
組織の長には、偉い人であると思ってしまう。ただ「偉い人」と思うだけで、実際にはその人がいつも集団のことを考え、集団の生命を守ってくれる代表者であるとは決して思わない。地位が上がった人が、それなりに優秀で、偉い人ではあるが、本人が思っている程、他人は評価していないものである。

地位が上がった人たちの総てが、必ずしも集団の命を支えるに足りる人物とは限らないからだ。実る程こうべをたれる稲穂の様にはいかないのだ。
地位は力が無くても、能力不足でも、その地位に就ける場合が多々あるものだ。
地位は、上から引っ張りあがる。下から押し上げても中々上には上がらない。
上の人のエゴ、学校の先輩、後輩、自分を守ってくれる部下が欲しい等々の要素で昇格が決定する。
集団が生き延びるためには、自然に力のある者が、能力ある者が、その責任を自覚して、その任にあたればよいのである。組織図なんかなくても集団は生き延びることが出来るのである。

この様にして、出来上がった組織こそが必要だと考える。
猿の集団も、蟻の集団も、組織はあるが、彼らは組織図を持っていないのである。

さて、この日本丸集団は、誰が命がけで国家のため、人民のために働き、どの様にして、生き延びるのでしょうか・・・・。
報道も、こんな視点で民の眠りを覚まして欲しいものである。

カンブリア宮殿秘話(1)


年に数度しかやらないGOLFの招待を受けた。上手くないので、いやいやながらのGOLFである。
午前中に大雨になってしまった。
スタート延期、やれやれであった。でも折角来たので予報通り午後から、やれるかもしれない。
時間潰しに、コーヒーを、やがてビールになった。

初対面で話題もない、相手は相当に偉い方だ。畏れ畏れ私の昔話しを始めた。
創業するまで勤務した会社5社は、この世から消滅してしまった。
人の能力なんてものは、勉強が出来るに越した事はないが、どんな環境に遭遇しても、生き延びる力を持ち続ける事が、その人の最終の能力かもしれない等々、苦労話しを出来るだけ楽しく、ビールの勢いもあって、会話も盛りあがっていた。

突然その偉い人が携帯電話を取り出し
「何やら、おもろいオッサンがおるでー。貞末さん、今度ゆっくり友人と3人で食事でもしませんか…」
次の食事に伴われたのが、かの有名なカンブリア宮殿のプロデューサーさんであった。

そんなことも知らずに、わいわい大酒飲んで談論風発であった。
単純にこの人達とのお酒は格別であった。

呑気なもので、後で判ったのだが、私は番組出演に耐え得るかテストされていたのであった。

収録は2009年11月3日。
約一年前に、出演打診である。
テレビ嫌いの私でも、この番組の事は知っている。
滅相もない、番組を冒涜するものだ。
私にはそんな中味も、風格もない。
会う度にお断りして、9ヶ月間も過ぎた。
ディレクターさんは昇格して、番組は次の方に移った。

プロデューサーさんがディレクターさんを連れてこられた。だが私とは面識もなく、挨拶だけだけだったので、一件落着、よかったよかったとある種のプレッシャーから解放され、ほっとしたが、それが束の間であった。
それは2009年8月初めの事である。

8月18日新彊綿の仕入れに中国寧波に飛び立つ事に成った。
これで完全開放と思ったが、なんとその日成田には、2人のスタッフが、私の出張に同行すると待ち構えていたのである。
挨拶そこそこに、カメラが回り始めた。
それから、上海―寧波と丸2日間合計10時間もカメラの集中撮影である。

車中、仕入先訪問含めて、8~10時間も、喋っただろうか。
もう覚悟を決めて、テレビ出演するしかない。観念したものでした。

そして11月3日がやって来た。スタジオ収録だ。
予想したが、番組に関する打合せは何もない。
不安であったが、私からは、どうする事も出来ない。
13時4分スタート。
30分前にスタジオ入りして欲しい。
それでも約1時間前にスタジオ入りした。
見学に私の会社のスタッフも大勢集まっている。

ペットボトルのお茶一本。スタジオの控室。殺風景な室で何もない。
椅子とテーブル、外には河が見える。
待つ事30分、ドアがノックされた。

漸く打合せが始まると思ったが、化粧係りのオバさまで、「どうぞ、お化粧いたします」。
これで男前に化粧してもらえると思ったが、「テレビカメラ5台、強いライトが当るので顔に反射止めのパフを致します」。

エー、それで終わりなの?
ポンポンとパフを当ててもらい、OK。
5分で室に戻る。又一人で待つ。
何だか死刑の執行を待っているような心境になって来る。

5分前、村上龍さん、小池栄子さん、ドアノックと同時に入室、やっぱり少しの打合せをするのだ。

小池さん「貞末さん、本日はよろしくお願いします」。
村上さん「これは私の著書です」とサイン入りの3冊の本を戴く。
それでは、と一瞬で退室される。
ポカンである。
4分前、係の人が、それでは収録が始まりますと例の階段に導かれる事になった。
「絞首刑の階段だな」なんて少し緊張する。

カンブリア宮殿秘話(2)へつづく

I am OK and you are OK.


私は正しいけれど、あなたは間違っている。

1945年第二次大戦終了後、日本にやって来たマッカーサー元帥が、日本人はこんな考え方の人が多い、と言ったという話を私は30才代に聞いた事がある。
アメリカでは、こんな考え方は10才代の未青年の考え方であるから、日本人の大人は未青年と変わらない。しからばアメリカ人の大人の考え方は何か?それは「I am OK and you are OK.」
私も正しいが、あなたも正しいという事である。

なるほど、そうなのか、アメリカ人は心が広いな。くらいに思って忘れていたが、創業して、経営をするようになって、初めてこの言葉の重みを痛切に感じる事が多くなってきた。

アメリカでは100種類以上の人種が一つの国を形成している。生まれ、育ち、民族、ルーツが全く違う人種が、どの様にして調和して生きて行くか。
牛が神様だったり、豚が神様だったり、牛乳を飲んではいけない民族がいたり、コーラも許されない、もちろんアルコールは駄目など、日本人には理解する事すら難しい。
こんな民族の集合体がアメリカ(ユナイテッドステイツオブアメリカ)である。ここで皆様にもお判りの様に、「I am OK but you are not OK」とは死んでも言えないのではないでしょうか?

日本人はほぼ単一民族ですから、生まれ素姓が違っていても根本的な相違はない。
だから、他人のことは判っている。彼の考えは聞かなくても私の考えが正しい。
ここでオレは正しい、しかしお前は間違っているなどと、一人よがりの他人を顧みることのない未熟な考え方がまかり通ってしまう。
異民族の集合体では私の考え方も間違っていないと思うが、あなたの考えも、その立場上理解し得るものであり、あなたも正しいと思う。
「I am OK and you are OK」

しかし今回、事を進めるに当ってどちらかの考え方一つにしなければならない。
そこで双方が徹底的に議論する。それでも双方譲らない場合はコインを投げて裏表で決定する。(ジャンケンでもよいが、アメリカには無い)
決定したらその決定を尊重して全力でそれに当るというルールが確立している。

会社を運営していると、お客様からは貴重な御意見を多く戴いている。
建設的で素晴らしい御意見であって、それ自体間違っていないものであるが、経営を投げ打ってその正しい意見を実行する事が出来ない。
経営はバランスであり、その人が言う最高の物作りをしても価格と品質のバランスを崩す物であってはならない。
その人は言う。
「4900円のカシミヤのマフラーなど、毛羽がついて最高級のものとは言えない。価格は高くなっても梳毛糸を使って編み、毛羽の出ないカシミヤこそが本物だ。お前の会社のマフラーはまやかし物である。」
しかし梳毛糸のマフラーを作るとしたら2万円は越える。
そんなカシミヤマフラーを一点持って、後生大事に使うという考え方もあるが、カシミヤのフワーとした感触、優しい暖かさが4900円で手に入る。
この値段ならば、服の色、コートの色に合わせて何色か持って楽しみたい。
そんなお客様が私達のお客様であり、どんな商いも、全ての人を顧客にすることは出来ない。

私達が想定するお客様は、私達と同じ思いで商品を購入して下さり、想定した通りに、その商品を楽しんで下さる。そして商品に満足された人達が再び私達の店に来て下さる。そんなフローが会社の基盤になっていく。

今、私達の作るシャツは50万着という、100万mのハイエンドな生地を購入する力から、とてつもなく品質の高いシャツ作りが可能になって来ている。全てのシャツ以外の商品には当てはまらないこともある。

人が何かを主張する。
それは、その人の主観によるものであるから、その根拠は、その人の体験、読んだ活字、人の話等が基になって形成される。
人はそれぞれ違った生活体験をしているから、各々の主観が存在する。自分の主観こそが正しいなど主張することは愚かである。主観が違うから論議が生まれる。

激しい論戦、それぞれの主観のぶつかり合いの末に双方が考えもしなかった新しい価値基準が生まれる事もある。
論議を通じてそれぞれの人が、自分の考え方のヒズミや、他の主観を容認するマナーが生まれる一方、大局的な視点も養うことが出来る。
私達がいる日本は特殊な国で、ほぼ単一民族であり、島国であって、一歩も国から外に出た事がない人が大勢いて、同質的で、他文化が形成する考え方にも接する事なく、集合的な無感覚になっているかもしれない恐れを持たねばならない。
日本の常識は、外国では非常識などと言われている。
今後の日本を考える時、国を離れ、自分の主観の何たるかを検証する機会を持ちたいものである。

上質について考えてきたこと


残念ながら、今の日本は安い事がファッションになっている。
経済苦境を乗り越える為、生活防衛する為にはまず安い物を買う。
それはそれとして認める事は出来るのだか限りなく安いもの(すなわち時間と労力をかけていないか、流通の段階で理由ありの商品)に行きついてしまう。
このような商品の安さにビックリはするけれど、果たして感動するのでしょうか?

少なくとも人生は新たな感動を求めることがなくなったら、未来は暗いものになってしまう。
安い物が当たり前という無感覚になってしまうと、良い物についても同様の反応をしてしまう。
本当に良い物には作り手の思い、長い時間と労力があってはじめて生まれてくるものであるから、これら本当の良い物に無感動になってくるという事は、努力とか夢とか希望とか、前向きの総べての行為を評価しない、恐ろしい世の中になってしまう。
夢や希望や、感動を呼び起こすには、私達はさらなる上質なシャツを創り上げなければならない。
この一年はこれらの課題に取り組み、出来る事は即実施した一年であった。

更なる上質は次の様な要件を満たすものと再定義した。
下記の通りであります。

【上質の条件】

1.素材が限りなく良い事
美味しい料理には、何よりも素材の良さが求められます。
シャツで80番双糸(経緯とも)以上が高級シャツ地の条件ですが、私達は更に新疆綿で100番、120番も4900円で販売します。

2.設計パターンが優れている事
人体に添う様に設計されます。曲線の多い人体です。
その困難な事は想像できると思います。熟練と経験と才能が要求されます。
私達は一級のパターン技術者と仕事しています。

3.縫製が良い事
パターンは平面図です。これから立体の服を作るのです。
縫製は丁寧に生地に癖をつけ、縮縫い(イセコム)しながら平面の生地を立体にする技が必要です。
経験と熟練、高度な技を要求されます。
この技(力)と時間をかけて縫い上げます。この力×時間が仕事です。
それだけ質の高い物が生まれます。
経験の少ない人の仕事に較べ、格段の違いが生まれます。
熟練の縫製者は、素晴らしい上質の素材を手にする時、武者震いと緊張、良いシャツを作るんだという一心入魂につながります。
良い素材が良い縫製を誘発するのです。
(大量生産でひたすら直線縫いをする製品との歴然たる差があるのです。)

4.最後に
販売の技術です。どんな優れた商品でも満足と笑顔なしではお客様に手渡りません。
私達のお客様のイメージは心ざしのある礼節を知る、自己実現を目指す人達です。
社会的場面でリーダーを目指す人々で国際社会で堂々と活躍できる人達です。
自分の質を高めなければ、その様な方々に心良いサービスの提供は出来ません。
自分のレベル以上の顧客は生まれない、という厳しい言葉もあるのですが、上質の最終の締めくくりがこの接客に掛かっています。
お客様を思う心の最後の表現者が販売なのです。

真の小売業とは、この一連の工程をさらに深く追求して行く事であります。
素材から販売までが調和し、協業にてその総和が顧客の創造につながります。

このように私達はさらに厳しい自己規律に日々挑戦し続ける社風の確立に研鑽を重ねて参ります。
リーマンショックは私達に新しい挑戦の機会を与えてくれました。

虎穴に入らずんば(2)


先回のコラムは、社内でも大不評であった。
難解である、何を言いたいのかストレートに理解できない。
もう少し易しく書いてくれ!

まったく言われる通りで、大反省である。
先回の言わんとすることは、今で言う、いわゆる「真・善・美」を求めることである。

汚れを知らない純粋であった幼い頃に培われた親を思う心、
人に優しく正義感に充ちた精神が、年と共に失われていく。
自立して生活する、生きていく、また、生き残るためには何をしても良い。
生きることが正義であり、生き残るためには手段を選ばない。
その結果、純粋な心を喪失してしまう。それすら気づかない。

本来的人間としての姿を失ってしまっては、人間を対象とするいかなるビジネスの将来への処方箋は
見い出すことができない。
人を助け、助けられる。その双方向の関係から、ビジネスがスタートする。

蛸は自分の足を食べて生き残るが、人間は自分の心臓を食べてまで生きる。
悲しい話ではないか。そこに、リーマンショックによって、世の中の大変動が起きた。

今までのやり方では生きて行けない、変化に挑み、現状を打破し、
新しい知識を創造しなければならない。
すなわちイノベーションである。

人々は、イノベーションの進化によって、より素晴しい生活が享受出来るようになる。
このイノベーションは、人間に対する新しい情報発信である。
人間を対象とする提案であるから、人間を軽視する環境、社風からは生まれて来ない。

得てして、大企業病と言われる現象には、自分たちの商品を買ってくれる人には
平身低頭して顧客第一主義などというが、その企業と、関連を持つ納入先や、
社内の人間すら人として考えない風潮が蔓延している事が多く見られる。
大企業は、生き残ることが社会的使命であると考えてしまう。
そんな環境の中に長くいると、知らず知らずに人間は不幸になってしまう。
こんな大企業からは、決してイノベーションを生み出すことは出来ないと思わなければならない。

どんなビジネスでも、人間が関与して営まれる。
会社は、優位な立場を利用して、延命を計ったとしても人を大切にしない会社は、
必然的にクオリティの低い会社になってしまい、ブランド化しない。人から尊敬され、愛されないのだ。

今の世の中は、こんなわかり切った事が、平然とまかり通っているから、
まかり通している会社が大きな天罰を受ける。
個々の人は善良であっても、集団となると変貌する。
皆やっているから恐くないのであろう。朱に交わらない勇気が必要だ。

私事になるが、小学校一年生、はしかを患って入学が遅れてしまった。
病弱に思えたのかもしれないが、教室に馴染めない私は頼りないチビちゃんであった。

教師の川本先生は、今思い出してみても、決して美人ではなかったが、
私には優しい暖かい先生であった。 8人兄弟で母の愛情は私には8分の1。
川本先生はいつも優しく私を包んでくれた。

運命の日がやって来た、2年生になる時が来た。クラス替えである。

先生達も、もち上がりで2年生全体を担当するが、クラスは再編成される。
もし、私は川本先生のクラスでなかったらどうしよう。
私は2年6組、熊谷先生のクラスになった。
熊谷先生は若くて綺麗な先生であったが、私には川本先生以外は考えられなかった。

放課後教員室を訪ね、「どうか川本先生のクラスにして下さい」とお願いしたが、軽く断られてしまった。

どうしても川本先生のクラスに入りたい。
小学生の私に取り得る手段は何もなかった。
私は教員室の前で、大声で泣き始めた。
思い切り大きい声で、「川本先生でなければ厭だ!」

騒ぎを聞きつけて姉たちが迎えに来たが、絶対に私はその場を動かなかった。
友達いや、学校中の笑い者になる。それは判っていた。

しかし、誰に何と思われようと、私は川本先生のクラスに入ることが、それより大切だった。
4~5時間も泣いていただろうか、緊急職員会議が行われている様子だった。
やがて教員室から、川本さんも好かれたもんじゃのぉ~という声が聞こえた。
私は勝ったのである。

私は晴れて2年3組川本先生のクラスに編入された。
子供心に私は大きなリスクを犯し、男のくせに泣き虫というニックネームと、
友達の蔑みを受けることは、承知していたが、私は本懐を遂げたのである。
今でも私は、この時の私が大好きなのである。

虎穴に入らずんば(1)


小学校低学年の時、歌留多取りで歌の文句の様に覚えた人生訓は、忘れることは無いはずだ。子供心にあの可愛い子虎を捕まえるのには、恐ろしい親虎のいる穴に入らなければ捕まえるのは無理なのだ。

あのリーマンショックは、世の中のパラダイムを根こそぎひっくり返してしまった。
あの日迄、私達は泰平に明日も同じ様に繁栄が待っていると思っていたのだ。
体制の中で、温々とした安眠からリーマンは叩き起こしてくれたのかもしれない。

日本も1993年、バブル崩壊に遭遇した私達は、従来の体制を打ち破り、従来に無い組織運営の在り方を、リストラクチャリングするイノベーションの必要性を叫んだものであったが、その苦しいイノベーションの道半ばにして、好転した経済環境に馴染み安住を繰り返すことに成った。

それでも、イノベーションを訴え続けた人達は、「今、うまくいっているのだから、敢えてリスクを取る必要はない」という体制の圧力である、正論に抗うことができなかった。

あの有名なダンディズムの元祖、ボウブランメルが息子に残した遺言の中に、「息子よ、正論を言う奴には気をつけろ」というくだりがあるのを思い出した。

正論は、間違っていないから恐いのである。誰も否定できないからだ。
しかし、本当に正論によって物事が決まってしまうとすれば、人は何も考える必要性が無くなってしまう。
正論通りいかないから難しいのだ。

脱線するが、正論を主張する上司に出会ったら、それはそれは悲劇である。
「人間は嘘をついてはいけません」
正論であるが、こんな事、誰も出来ないのだ。
誰にも出来ないことを、上司が求めてはいないだろうか?
会社で誰も反対出来ない正論を主張されたら、たまったものではない。

こんな時代に、売上げ10%UPを死守せよ。
言っている本人が信じていなくても、会社存続のためには正論である。理屈を言うことではない。
従来のやり方で展望が開けないならば、現状を打ち破る、従来を全否定するくらいの覚悟と進化へのイノベーションが要求されてくる。

必要なイノベーションは、血のでる様な努力と、現場100回の経験からスタートする。
すなわち、リスクを犯す、全責任を負う、決断と自負、そして熱い情熱と信念が必要だ。

私達、流通業界では、有史以来の継続的な商いのルールを踏襲している。
リスクを分かち合う大勢の仲間取引の中で、延命を計ってきたのである。
しかしながら、この仕組みの作り方に未来が展望出来なくなっている。

私達流通業界は、新しい科学技術による、発明・発見は新素材の発明以外には、見当たらない。
発明・発見は次の技術で塗り替えられてしまう。

そもそも、イノベーションは、生活者のため、その人達が更に求めている
快適な生活や幸せ、そんな潜在的欲求を満たしていく。
それを実現するために、従来にない方法、手段を考え実施する。
それが、生活者のために正しいと証明して行くことが、イノベーションと考えてよいと思う。

すなわち、過去踏襲型の経営を続ける、あるいは、業務を繰り返す。
一見短期的には、リスクは無い様に思うが、人々の潜在欲求が変化している時、長期的なスパンでは計り知れないリスクとなってしまう可能性がある。

標題の「虎穴に入らずんば虎子をず」
リスクを犯すことなく成果を得ることは出来ないのだ。
このノーリスク業務・経営は何も私達流通業界だけではない。

自己防衛のためだけの仕事、そのためには、そこに関係する人たちへの配慮が忘れられる。

自分さえ、自分の会社さえよければ良いのである。
こんなことを長く続けていると、正常な判断、価値基準は喪失していまう。

そもそも、ビジネスは人間を基点として行われるべきものである。
この人間中心の視点を忘れてしまうと、イノベーションは生まれない。
必要とされる、イノベーションは人間中心に物事を考える以外には、生み出すことが出来ないからだ。

何とかして、顧客満足を更に向上させる為には。
あるいは、何とかして、共に仕事をしている関連先に喜んでもらえるためには。そう、考えてその中に自分を投げ込み、次の一手に身からのリスクを背負うことから、イノベーションが生まれる。
現状を打破するには、こうするしかないのだ!

嘆いても、行政や経済環境をうらんでみても、昨日の続きをやっていては、何もかわらない。
人間が行う行為の中で、双方が影響し合い、世の中の営みが行われているビジネスというものは、自己完結することは出来ないのである。

自分の会社さえ良ければ、自分さえ良ければ、そんな思想から未来を見つけ出すことは出来ない。
もっとも、未来は現在の積み重ねであるから、素晴らしい今を積み重ねなければ、理想の未来はやって来ないのである。

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メーカーズシャツ鎌倉株式会社
取締役会長 貞末 良雄

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