Maker's shirt 鎌倉

貞末タミ子のお洒落ヒストリー

Kamakura City & Kamakura Shirts


外国人向け英語冊子「The Story of Kamakura Shirts」より抜粋
コラム「Kamakura City and Kamakura Shirts」

2015年12月、NY2号店が、ロウアーマンハッタンの高級モール「ブルックフィールドプレイス」(旧ワールド・フィナンシャルセンター)内にオープンしました。オープンに合わせて、英語の冊子「The Story of Kamakura Shirts」を作成し、鎌倉シャツが大切にしているポリシーなどをわかりやすくまとめました。その中の2ページで、貞末タミ子が、コラム「Kamakura City and Kamakura Shirts」を書きました。外国人のお客様に、創業の地である鎌倉についてもっと知っていただきたく、外国人に向けて書いた文章ですが、日本語の原文をそのままご紹介いたします。

TheStoryOfKamakuraShirts1

【以下、日本語原文】

私は仕事でよく地方に出張し、たくさんの人に出会う機会がある。
「どこからいらっしゃいましたか?」「鎌倉です。」「まあ、いいところにお住まいですね!」と、決まって言われる。
そのたびに何だか嬉しくなる。
私は鎌倉で生まれ鎌倉で育った。途中夫の仕事の関係で大阪に5年、静岡県三島に2年住んだが、人生の大半を鎌倉で過ごしている。
だから鎌倉に住んでいることが当たり前と思いがちなのだが、そうでもなくてそれは、人々の羨望の的であることに気づかされる。

創業のとき、店の名前は夫の名づけた「メーカーズシャツ」と決まっていた。
作りたてのシャツを売るという意味だ。
でもそれではつまらない、22年間専業主婦だった私が社会に再デビューするのだもの、もっと印象的な名前をつけたいと思った。
「メーカーズシャツ鎌倉」以外にないと思った。
夫が反対するのではと恐る恐る「メーカーズシャツ」の後に「鎌倉」を付け足したいと言った。すると意外にも「じゃあ、そうしよう」と。
お世辞にも素敵な店とは言えない、近所のコンビニ2Fの目立たなくて小さい粗末な店の名前は、こうして簡単に決まった。

1180年、源頼朝が鎌倉に幕府を開いた。
鎌倉は東、北、西の三方を山に囲まれ南は相模湾に面しているので敵が攻めにくく自然の要塞になっているためだ。
鎌倉には一度も天皇がお住まいになったことがなく、この時代に建立されたたくさんの神社仏閣は武士の精神が生かされ質実剛健というか、自然を大切にしたので地味で質素だ。
それに反して、京都は、代々天皇がいらして公卿の文化であったため、金閣寺や銀閣寺を始めとする京都の街並みや建物は、きらびやかで華やかだ。

そしてそんな鎌倉には明治時代から鎌倉文士と言われた夏目漱石、芥川龍之介、国木田独歩、川端康成、大仏次郎などキラ星の如く、たくさんの小説家が住んでいた。
鎌倉を題材にした小説も多数ある。

国木田独歩と立原正秋(この人も鎌倉)のこの二人は各々、同じ題名の「鎌倉夫人」という小説を書いている。
内容は恋愛を描いたものだが「鎌倉夫人」という名が独り歩きした。
若い人は知らない呼び名と思うが昔は「鎌倉夫人」「芦屋婦人」と、よく並び称されたものだ。
関西の芦屋は高級住宅街として有名だが、東のそれは鎌倉であるという事か。
庶民は、楚々として美しい裕福な奥様を「鎌倉夫人」と呼んだそうだ。
ちなみに鎌倉シャツが、創業時に初めて雑誌に掲載されたタイトルは「鎌倉マダム御用達の店」だった。時が経ち、「鎌倉夫人」は「鎌倉マダム」へと変貌を遂げた。

又、鎌倉は海があるということで湘南というイメージがある。
湘南とは正しくいえば鎌倉、逗子、葉山この地域一帯のことだ。
50年代に「太陽族」が湘南の浜辺に出没した。
太陽族とは、湘南住まいの石原慎太郎(元都知事)さんが、当時の若者の生活を題材にして、23歳で芥川賞を受賞した「太陽の季節」という小説から影響を受けた、若者のことを言う。

彼らはサングラスに派手なカッコして遊び回っていた。
まだ日本が今のように発展していなかった時代に、太陽族は浜辺のビーチパラソルの下で、トランジスタラジオから流れるアメリカの曲に合わせ歌い踊っていたものだ。
まだ幼い少女だった私は興味深々、何だか日本人ではないような気がして、遠くから見ていたことを今でも鮮やかに覚えている。
湘南はこの頃から流行の最先端を行っていたのだと思う。
太陽族と呼ばれたこの人たちは、今はもう80歳くらいですね・・

そして60年代終わりごろ、日本で初めてサーフィンが湘南の海に登場した。
たくさんの湘南ボーイがマリンスタイルでサーフィンをした。
湘南出身で、育ちがよくておしゃれな若者を「湘南ボーイ」と人々は言った。
鎌倉マダムに湘南ボーイ、誰がつけたか、なかなかチャーミングなネーミングですね。

明治時代から要人の別荘がたくさんあった鎌倉は、今では横須賀線で東京まで1時間で行けるので、グリーン車で都内に通うエグゼクティブや小説家、俳優がたくさん住んでいる。
そして歴史ある街の常として、北は北海道から南は九州まで、一年中観光客が絶えることがない。
最近では外国人も増えた。

多くの歴史的背景と、海や山の自然がたくさんあり、住宅地としても東京に
割合近い鎌倉のような街は、日本中探してもないと思う。
この日本中の誰もが知っている魅力的な鎌倉のイメージと私たちを重ね合わせて合わせて下さっているとしたら・・こんな嬉しいことはありません。

いつの頃からか、私たちが知らないうちに「鎌倉シャツ」と、呼ばれるようになっていた。今ではもしかしたら「メーカーズシャツ鎌倉」より「鎌倉シャツ」の方が、多くの方に知られているかもしれない。
そういうわけでニューヨーク店は「Kamakura Shirts」と、名づけた。
鎌倉八幡宮という鎌倉のシンボルのそばにあるメーカーズシャツ鎌倉本店、私たちは鎌倉で産声を上げ、鎌倉に育てられた。

鎌倉という名前を冠して「鎌倉シャツ」と呼ばれることは、この上なく有難く光栄なことと思います。
鎌倉の名に恥じぬようこれからも一生懸命励んで参ります。

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