Kamakura Shirtsは、ボタンダウンシャツ無くしてNew Yorkへ進出することはできなかった。

ドレスシャツはイギリスが発明したもので、世界を席巻している。しかし、このボタンダウンシャツ(以下B.D.シャツ)は唯一アメリカの発明品であり、老舗アメリカンブランドが1890頃に発売を始めた話はあまりにも有名である。
ポロシャツの襟が捲れ上がるのをボタンで留めたのが始まりであるが、奇妙なシャツと受け止められても仕方のないデザインであったと思われる。しかし、イギリスへの対抗心からか、はたまたその合理性からか、アメリカを象徴する物としてその地位を確立した。
アメリカアイビーリーグ8大学の学生が日常着として愛用するAmerican Traditionalウエアとして、また、そのスタイルの代表的なアイテムとしてアメリカ人の誇りとなった。

私は幸いにして、この8大学(IVY校)を研究しIVY LOOKを日本に広めた石津謙介先生のもとで働いたのである。50年前のことであるが、今や本場のアメリカでもこのIVYスタイルは継承されておらず、IVY LOOKは日本にしか伝承されていない。とまで言われている。
しかしながら、アメリカの良家に育った方々は、子供時代の記憶が残っており、さらに昔を知る紳士・淑女たちのノスタルジックなスタイルに対する愛情は想像以上のものと考えられる。

2008年、New York出店を決意して現地の調査を始めたが、心の故郷である老舗アメリカンブランドはイタリア人の経営となり、古き良きB.D.シャツは形態安定素材になっていた。襟のロールに昔懐かしい面影はなく、ニューヨーカーの嘆きは諦めに変わっていた。
幸いにも私は古き良き時代のB.D.シャツを知っている。
これを武器にニューヨーカーの切望するボタンダウンを再現させよう。其のスタイルを提案すれば、たとえ日本人であっても、彼らが望むスタイルの理解者が提案するのであるから、受け入れて貰えるに違いない。これが秘めたる自信であった。

開店初日からボタンダウン愛好家が押し寄せてきた。「何故お前は襟のロールの事に詳しいのか?」「本当にMade in Japanなのか?」「この価格で経営ができるのか?」「なぜイギリス人のGraham Marshがお前を推薦するのか?」(Grahamさんはイギリス人であるが、ジャズやIVY LOOKの研究者であり愛好家で、その著書『THE IVY LOOK』はベストセラーであった。)
そう問う彼らが試着したB.D.シャツは最高の評価を戴いた。恐れていた人種差別的な事は何も起こらなかった。むしろMade in Chinaしか選択肢の無くなったアメリカにMade in Japanが良く来てくれたと歓迎された。その広い心、良い物は良いと素直に認める文化に感動した。

New Yorkに進出して5年が経過した。
現地のニューヨーカーは、我々に更に高い水準のB.D.シャツを要求してきた。しかも初期型に近いB.D.シャツの再現であり、未だシャツの芯地が無い時代のつくりである。シャツは2枚生地が重なる部分は芯地をあてがって厚みを出し、上下のシャツ生地を安定させる…そのために芯地は欠かせない。その縫製を可能とする工場はほとんど残っていない。しかし、完成させれば襟のロールは更にエレガントに仕上がり、古き良きシャツが再現されアーカイブが蘇るのだ。

そして、かつてVANのシャツを縫製していた工場には、その技術を再現するスタッフが未だ現役で活躍していた。

2018年8月から発売をはじめる鎌倉シャツのB.D.シャツ「SPORT~スポート」は、まさに弊社にしかできない古き良き時代を彷彿とさせる自信作である。

B.D.シャツは不思議なシャツで、ある時はドレスシャツとして、またある時はカジュアルシャツとして着用できる便利なシャツである。アメリカの合理主義の結果生まれた、アメリカ人の故郷でもある。
50年前のVANフアン30万人が、このB.D.シャツを愛用したのである。

鎌倉シャツ会長「貞末良雄のファッションコラム」アーカイブはこちら
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