私達は初対面の人に対する礼儀として、その服装の重要性をどれくらい認識しているでしょうか?

島国として孤立してきた日本人は民族衣裳をまとう限りにおいては、ルールを熟知し清潔さを保つことで何の支障もなかったのです。
【従って、人は服装によって判断してはならない】本当のような逆説が正しいような諺が生まれました。
それでも、やはり人は服装によって大いに判断されてしまったのでしょう。

さて、1945年第二次世界大戦で焼け野原になった日本は、まず食べることが第一で、暑さ寒さを凌ぐ衣服すらなかったのであります。
やがて、終戦のショックから立ち直り、猛烈に勤勉に他人を批判する閑もなく、がむしゃらに働き復興を遂げていくのであります。

1954年にはフランスからクリスチャンディオール関係者の来日などによって、ようやく食べるだけの生活から、まずは女性がファッションに目覚めていきます。
紡績や合繊メーカーがファッションを謡い、「装苑」という婦人雑誌に付録で型紙が提供され、ハギレ生地で簡単服を自前のミシンで縫い、よそ行き着が生まれたのです。

生活のスタイルは映画や漫画本でみるアメリカの豊富な物質文化、冷蔵庫には大きな牛乳瓶、バターやチーズ、美しい家、人々の服装、振る舞い。欧州よりもさらに物質の豊富なアメリカに追いつけ模倣するという欲求が日本人の今現在のライフスタイルを形成していったのです。

やがて私達日本人は世界の仲間入りをし、さらに飛躍して世界の経済大国として、大きな力を持つことが出来るようになりました。
勤勉で質の高い均一な労働による工業製品の質の高さは日本がまさにブランド化したのであります。

Made in Japanのブランド。世界が驚異の目で日本を認識したのであります。
日本 Made in Japanとして受けた評価は全体としてであり、個々のビジネスマンがどれほど積極的な評価を得ているかということになると少々不安であります。