「マドラス」を初めて目にしてから何年経っただろう。
あれは東京オリンピック以前のことだから半世紀になる。

石津謙介がVAN企画部に持ち込んだ木綿製サマージャケットが、
生まれて初めてのマドラスとのご対面だった。
「いま、ニューヨークで一番売れているのがこれだ」と、自慢そうな口調だった。

見たことのないチェック、というより「格子柄」だった。
スコットランドのタータンとはまるで違う
色であり、不規則な格子で、ちっともいいと思わなかった。
むしろやぼったいチェック―— いや、チェックとは呼びたくなかった。
チェックと呼べるのはギンガムはじめタータンやグレンなど、
スマートな色柄でなくてはならないと信じ込んでいたからである。

だれかが「安宿の布団みたい」と言ったが、うまいことを言うと感心した。
あか抜けない色と柄はまさに布団のようであった。石津社長はご機嫌斜めだった。
(つづく)