Maker's shirt 鎌倉

貞末良雄のファッションコラム

健康について考えてみる【2】


衣食同源については、前回にも記述しました。
食物は、まさに健康と同義語と言えます。
 
友人の子供二人は、中国人とのハーフです。
6才と8才の二人に、日本製の牛乳を飲ませたところ、
二度と中国製の牛乳に口をつけませんでした。
 
日本製は中国では高価なので、困った友人は日本製のビンに
中国牛乳を1本入れておいたところ、何と、飲んでいたのは、
日本製を入れたビンの牛乳だけで、隣に置いた中国製には口をつけなかったのです。
 
この様に、子供の味覚は鋭いのですが、大人の友人にはその区別がつかなかったのです。
大人は鈍感になってしまっているのでは・・・?
 
私達の回りにある食品はどうなのでしょうか?
レトルト食品、外食が多くなり、自然に味覚が衰えているかもしれないと、
考えるべきではないのでしょうか?
 
中国では、上海近郊で農業を営む人の大半は北方から出稼ぎの農家が多く、
土地を借りて一年中農作物を生産しています。
その為、虫害等を防ぎ、生産性を高めるために、
法律で禁止されている農薬も使用していると、報道されていました。
農作人は薬品の知識が無いのですから、罪の意識はありません。
 
一方、無農薬で野菜を作っている農家は、自分の子供達のためにもと、
頑張っているが、野菜を市場に持っていくと、虫食いの野菜には目もくれません。
しかも価格はどうしても割高になるのです。
 
体に良いもの、自然に近いものは、値段が高くなります。
良い物を正しく選び、少量でも大切に食べる生活者がいない限り、
食品でのトラブルは収まりません。
 
中国人は、できれば日本製をと言っています。
日本人は、何と言っているのでしょうか?
あれだけ中国野菜、餃子、レトルト食品の中国製の問題が報道されても
消費者の選択が変化しない限り、利益拡大化のために、
低コストでの食品調達のルートは変わりません。
防腐剤の入った食品を永年食べた人は死んでも腐らないと言われました。
防腐剤の知識を持つ必要があります。
 
ゴキブリでも食べない食パン、何日放置してもカビも生えないパン菓子。
夏の日中、プラットフォームで売られている駅弁等、
どうして腐らないのかと疑問を持たないのだろうか?
国が許可した防腐剤は奨励されているわけではなく、
腐ったものを食べるよりは、腹痛、下痢、中毒を防ぐための
やむ得ない範囲で使用されているものと信じたい。
少々体には悪いとしても、もし食中毒を引き起こせば企業の生命にかかわることになる。
 
販売側は、食中毒が生じるおそれがない様に、安全にと考えれば、
防腐剤の量が多くなるのを防ぎようがない。
 
防腐剤は自然のものではないので、
国が認可しているからといって、毎日防腐剤づけの食生活で
体の健康が長期に亘って保てるとは思えない。
少々の薬剤ではすぐには、人間は死なない。
 
もしかして、これが食品業界の常識であれば、生活者自信が防衛するしかないのである。
わずかばかりの薬剤が長年体に沈殿していくとしたら、
これは恐ろしいことだと思わなければ健康な体創りは出来ない。
 
病気になって失う時間と費用を考えると、少々価格の高い食品であっても、
安全を保証してくれる食品を選ぶべきであろう。
中国の友人は言う。中国には選ぼうにも、どれもこれもまともなものが無く選択肢はない。
子供を持った親達は、皆、日本の様なクリーンな処へ行きたがっている。
このユートピアの様な日本で、日本人は、食は安全と安心しきっている。
 
そこに乗じた食品偽装事件が多発しているに拘らず、私達の平和ボケ安全ボケが続いている。
自分の健康は医者が保証したり、守ったりはしてくれない。
自分で防衛していくしか無いのである。
私達の周りには、加工食品が蔓延している。
自然な食品は都会では努力しなければ手に入らない。
 
食べる毎に健康へのイメージの拡がる食品か、
もしかしたら悪い予感のする食品を、毎日口にしているのか?
少し注意して考えれば、分かることなのだから。
 
病気になれば、医者にかかれば良い。
その為に、高い保険料を払っているのだから。
そこで医者も商売であり、医薬品メーカーも商売である。
健康な人ばかりでは商売上がったりだ。
医者が病人を創り上げる傾向にないだろうか?
いつの間にか、むかしなかった現代病が増えている。
メタボ指数、うつ病、高脂血症(コレステロール)、くしゃみ3回で薬を飲んでいたら、おちおち、
くしゃみもできない世の中に誘導されてしまっている。
 
自分の体のことは、自分が一番知っているのだから、平常から自分の体との対話を欠かしてはならない。
変兆があれば、その原因を究明する習慣をつけたいものだ。
誰のものでもない、自分の体なのだから。

健康について考えてみる【1】


100才まで生きて論じることかもしれないが、あと25年かかる。
それでは間に合わないかもしれないので、健康に関して話してみたい。

人間の体を精密機械に例えてみれば、何千億円かけても人間技で作り出すことはできない。
想像を超える、繊細なものであると認識しておかねばならない。
たとえ、車であっても充分に手入れをして、大切に愛して使えば長持ちする。
大切に手入れをしている車を、乱暴に運転することはできないものだ。

私達は、自分の体が頑丈にできていると思い込んでしまっている。
一病息災は自分のどこかが故障しているから、安全運転して、体を労わりながら生きている。
これが、むしろ正常な体と思い込んでいる人より長く、それなりの健康体を維持して長持ちしているのであろう。

健康であっても、この精密機械に負荷をかけない様、大切にしなければならない。
壊れてしまっては、車の部品を取り替えるようなわけにはいかない。
中国のことわざに
「病気はその兆候が表われるまでの時間をかけなければ全治しない」とある。
60才で20年前からの生活習慣が原因で病魔に侵されたとすると、
完治には80才までの年月が必要となる。
この様に考えると、40才になる前に、体に負荷のかかる生活習慣を改めておかなければ、
それ以降の病気は手遅れになってしまう。

オーストラリア原住民のアボリジニ族は、平均120才まで生きると言われている。
彼らは、それより若く命を失う人々は緩慢なる自殺行為を、生活の中で繰り返しているという。

30年以上も前、世界保健機構のタバコに関する論文内に、
-タバコは人の命を縮めるもっとも危険なものであり、タバコを吸う習慣の無い人は、
人類を救う選ばれた人たちである―
という項目に強い衝撃を受けたものである。早死にしたければ、タバコを吸えば良いのである。

先輩が新聞記者と談笑していたあるパーティーで、二人は共にヘビースモーカーであった。
彼ら曰く、タバコを止めるくらいなら、死んだ方がましだ。
戦争中でも食べるものには我慢出来たが、タバコは無理だった。なんとか手配をしたものだ。

しかし、その両人は、やがて肺に欠陥がみつかり、これ以上の喫煙は命を縮めると言われ、
その日から禁煙してしまった。
命よりタバコは大切だと、豪語したのは、自分だけは大丈夫と考えていたのであろう。
残念ながら、喫煙をやめても、侵された肺は元に戻らなかった。時すでに遅かったのである。

次に体の中で傷みやすいのは歯であり、その次は目と言われている。
医食同源と言われるのは、食事と健康は本質的に同じであるという意味で、
口から入るものが、体の健康を左右すると考えなければならない。

口から入るものは、歯によって細かく砕かれ、消化を助けることになる。
従って、歯を大切にしなければならないのであるが、以外と歯を大切にしている人は少ない。
笑うにしても、話すにしても、人前に歯をさらすことになる。
健康な白くきれいな歯、または、よく手入れされ、
治療された歯並びはその人の全てを表現していると言っても過言ではない。

健康でストレスを感じない生活を望むなら、絶対に歯の治療を後回しにしてはならない。
いくら費用がかかろうと、時間が必要であっても、人生の全てが係っていると考えて、
即刻歯医者の門をたたかねばならない。

前歯の汚れ、欠け等の放置は健康だけでなく、人格の中味すら曲げて受け取られる危険性をはらんでいる。
奥歯は言うまでもない。たべものを砕く武器でもある。
永久歯は代替えがむずかしい。虫歯も極端な歯列の悪さも、将来に禍根を残す。できるだけ早期の治療が望ましい。
健康はお金を貯めるよりむつかしい。
お金は食うや食わずで貯めることもできる。
ある日突然に相続を受けたり、馬券や宝くじに当たるなど、予想外なことでも、お金を手に出来る可能性を持っている。
しかし、健康は、毎日毎日、努力して積み立てていくものである。

20年の努力も、わずか1か月の無茶苦茶な生活、ストレス過多な生活をすれば、
全てを失ってしまう。
健康とは、毎日自分と向き合い、今日の行動がよかったか、もし悪かったら、無茶をしたら、
それによって、体は傷つけられていると考えることである。
正常な日常を取り戻し、時間をかけて癒していく。その決意を持ち続けることが健康を保つ一つの方法でもある。
人間の体は、決して丈夫ではないと考えるべきである。
自分だけが例外的に丈夫ではないのである。

人の上にたつ【2】


よく、人の上に立てるのは部下のサポートではなくて上からの引っ張りに依る事が多いと言われる。企業力学である。
従って、上に阿る集団の習性がはびこることは避けて通れない。
集団の力学とは、こうしたものであると自覚しなければならない。

果たして自分はその分類に入る人間なのであろうか、自己分析が欠かせない。
どんな理由であれ、人の上に立ったならばその役割を遂行せねばならない。
失敗は部下の責任、手柄は自分。このような行為は誰からも信頼を得られるものではない。
自殺行為と悟るべきである。
実力でTOPに立ったのか、否かは自分よりも他人の方が判っている。
故に、どんな理由であれ、TOPに立つ人は大きな責任を背負うことになる。
その時こそ第2の人生の出発点と考え自他ともに認める自分に向かって精神的にも、
肉体的にも強く鍛え目標とする自己実現に近づかなければならない。

精神を鍛える、それはいかなる困難にも動じない自分創りである。
困難に遭っても狼狽しない自分創りだ。
困難を克服するには学問は役に立たない。
実戦経験に依るしかない。(避難訓練みたいなものだ)
体が動かなければ何の方策も出せない。
困難は、その本質を見極めその奥に潜む真の問題点を、そしてそれは何故起こったのか、知覚する事である。
知識、理論派は考えるだけで行動には臆病である。
行動、決断出来る人は、体験派であり問題の本質を体感、認知している。
体験派は、今までに色々と痛い思いを含め、様々な選択肢を経験した人であり、脳の回路が何を優先させるか、
問題の本質は何か、だから何なのだと開き直れる、そんなプログラムを構築してきた人と言える。
秀才が有事に弱いと言われる所以である。

(体を鍛える)
健全な精神は健全な体力に宿る、耳にタコが出来るほど聞き慣れた言葉であるが、どれだけの人が体力を鍛えているだろうか?
第一に緩慢なる自殺行為と言われているのが喫煙である。
癌、痴呆、欝(うつ)のリスクは何倍も高くなると言われている。
人は老い易く、学、成り難し。と言われる様に、短い人生で凡人の自己実現は健康で長生きして初めて実現する。
健康でなければ正しい判断は下せない。
どんな状況にも対応するTOPが健康を維持出来なくては資格を有しないと同じ事である。
流行のうつ病などは健康を害することから始まると考えてよいのではないか?
体が健全でないと、負の思考、すなわち物事を前向きに捉える事が出来なくなる。
リーダーが仕事を完遂するには、明確な判断基準と強い達成への意欲、誰もが納得する高い理想や信念が集団の共通認識となり
エネルギーの渦となって、全体を牽引していくのである。
信頼に基づき集団が一致団結することが理想であり、その環境を創るのが真のリーダーである。

人の上にたつ(1)はこちら

ポケット論争


ドレスシャツ、Button Down以外を胸ポケットの無いものに変更した。
ドレスシャツのポケットを外す決定には賛否両論で、未だに(1年経過)反対の立場の方々から厳しい批判を戴いている。

その論旨は、
1.『ここは日本である。日本人に売る以上、日本の気候風土、習慣に倣い日本人仕様のシャツを販売すべきではないか。あなたも日本人ではないか。』
2.『私は米国に何年も滞在したがシャツにポケットなしなど聞いた事がない。何かの思い違いではないか。』
3.『夏場はクールビズが浸透していて、上衣、ネクタイなしが一般化している。上衣が無いので、シャツのポケットは必要不可欠である。』
4.『単なるコストダウンではないか。』

以上の論旨は、ごもっともと考えている。

しかし一方で、
『正統なドレスシャツ(ポケットなし)を着たかったが世界の一流ブランドやラルフローレンのドレスシャツしか捜せなく、いくらなんでもこれらのシャツを何枚も購入することは出来ない。
10年以上も前には確かスリムFitシャツにはポケットがなかったが、オンラインショップが始まって、やがてポケットありになり、鎌倉シャツには失望していた。
鎌倉シャツさん、よくやってくれた。』

こんな賛成意見も在る。

NEW YORKに出店してオープン初日早々に、ポケット付きのドレスシャツについて、「何故ポケットが必要なのか」お客様に問いただされた。

彼の論旨は、
1.『シャツは肌着に近いもので物を入れる機能は必要ない。』
物を入れたければ、JACKETにもPANTSにもポケットは沢山ある。

2.『シャツはスタイリッシュに着たい。』
シャツとネクタイはビジネスシーンにとってとても重要で、敢えて言えば最も男性がSEXYであるのは、上衣を脱いでシャツ姿になった時である。
故に彼はジャストサイズのシャツを探している。
ジャストサイズのドレスシャツを着用して、ポケットに物を入れれば、そのシルエットは崩れてしまう。デリケートで高級なシャツ地はダメージを受けてしまう。

(余談になるが…
アメリカ人は太った人が多く、又すぐに太るという恐怖心から少々大きめのシャツを購入する傾向がある。
メーカーが“スリムFit”と言っても、表現はそうでも必ずしもスリムでない“スリムFit”シャツが溢れている。
日本人はそんなに太るという恐怖心が無いだろうから、日本人の作る“スリムFit”は本当に期待通りのサイズに違いないと考え、買いに来たという方が大勢いたのです。)

アメリカでは正に、ポケット付きのドレスシャツは1枚も売れなかった。

イギリスで発明され、進化したドレスシャツであるが、正統な源流は、ポケットなしだ。
ポケット付きはジャパニーズアレンジであって、これを世界に拡大することは不可能である。
私達の会社の社是は日本人の男性をおしゃれにする事であり、世界で活躍するビジネスマンを応援すると設立以来、この目的に邁進してきた。
もし、NEWYORKでお客様の忠言がなければ、応援していたつもりの人々を世界の檜舞台で恥をかかせてしまったのである。

考えてみれば衣服が買える生活でなかった第二次世界大戦後は、セーターは手編みで作り、上衣は軍服を改造し、有力者は街のオーダー屋さんでスーツ、ヂャケットを作らせていた。
この頃は、衣料は暑さ・寒さをしのぐ必要衣料であった。
従って衣服には、機能が具わっていることが必須で、購入の動機はその機能の良し悪しが決め手であった。すなわち、人々は衣服の機能を購入したのであった。

やがて人々の暮らしが向上し、衣食が足りた婦人にはFASHION誌が、男にも、男子専科などのおしゃれ誌が登場した。
1950年後半に石津謙介の設立した服飾メーカーVAN JACKETが誕生する。
人々は機能消費から目覚め、格好いいもの、すなわち“情緒豊かなもの”を求めるようになった。
(機能消費から情緒消費への転換である。)
機能ではなく、“情緒”を刺激したのがVANであった。
若者達も大人も、服は格好良いもの、夢を叶えてくれるものとして、一世を風靡したのである。
私はVANに在籍し、その伝統を受け継ぐ者として、服は“格好良いもの” “情緒を豊かにしてくれる” そんな使命を引き継ぎたいと考えている。

当然、日本には機能満載のポケット付きドレスシャツやクールビス対応の派手なシャツが世に溢れている。
それが果して格好良いか否かではないだろうか。
そのシャツ(鎌倉シャツを含め)が好きか嫌いか、それこそ情緒の問題で、それを選ぶ本人の自由である。そこには誰も異論を唱えることは出来ない。

格好良いか否かは、他人が判断する。
自分がそう思っても、他人が評価しなければ、それは一人よがりという事になる。
自分の評価は他人がするのである。
異論反論、有難く受け留めるが私たちの会社の使命としてやっていく決定を覆すことは考えていないのである。

格好よいビジネスマンが世界に飛躍する姿を夢みて

貞末 良雄
2014.8.5

人の上にたつ 【1】


努力して認められて、ある集団の責任を任される。
すなわち、俗に言う「出世する」ある範囲のTOPになることである。
恐ろしいことであるが、息を耐えだえに踏んばって、踏んばって、TOPに立った人はやれやれ、一息。と思うものである。

私もこんなに頑張ったのだから、お前たち(部下)も私と同じようにやれと、出来ない部下を叱りつけて、全体の士気があがらなくても、それは全て部下が悪い。だらしがないからと思う。何度言っても、部下はミスをする。叱れば叱る程、ミスを繰り返すものである。

自分の向上は一休みして、高みから下ばかり見る様になる。
高い処は安全地帯と思ってしまう。これ以上、自分は進化し、向上しようとは思わない。
もう、面倒くさいのだ。今まで、随分努力してきたのだから・・・

こうして、登りつめた途中の高台で、満足することを、無能のレベルに到達したと言い、その人は終わるのであるから、自分の地位を脅かす何物にも鋭い敵意を内包する。

どんな建設的な意見にも、それを受けたら自分が劣っていると思われるのか、恐ろしくなってしまう。
この無能のレベルは、始末の悪いことに、本人は気付いていないのである。

ここまで努力して、得た地位であるから、地位が高いとその人は偉いと、勘違いしてしまう。
地位が高い人は、部下からみれば、皆の不出来、失敗を背負ってくれる人と考えているから、そのギャップは大きい。

地位は責任の重さの目安であり、それを楽しみ、部下の才能を愛し、自分より優れた部下を認める力を持つべきであり、愛情をもって、部下を叱り教え、集団のヤル気を向上させる役目を担っているのだ。

無能なボスに成ってはならない。気配りを欠かさない縁の下の力持ちこそが、真のリーダーである。
一番下から皆を持ち挙げるのだから、力は要る。バネも要る。
その行動こそが、誰もが認めるリーダーではないか?
リーダーとは、どうあるべきか等の本を読んで理解した。
判ったということと、やれる、行動を起こすこととは違うのだ。
この文章を読んで、今から行動を起こせる人は数少ない人達と思う。
しかし、この数少ない人達によって、会社も、日本も、世界を変えていくのではないか?

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世にも不思議な 笑いの練習【2】


笑いの時間だ。おばあさま楽しいですね。思いっきり笑ってみた。
やればできるのだ。何を格好つけていたのか?笑いながら、涙がとまらない。
オレはやったのだ!初めて自分を超越したのだ!
人間はやろうと思えば、なんでも出来るのだ。
人になんと言われようと、自分のため、家族のために戦うのだ。

「馬鹿になれれば、お前は一流だ。」
と父に教えられた27才。父の遺言の様に思い、努力してみたが所詮なにもわかっていなかったのだ。格好つけて、自分が一番可愛くて、強がり言っても臆病者でしかなかったのだ。たのしくなくても演技すれば笑える。
演技で笑っているうちに、気持ちが晴れてくる。やがて本当の笑いになってくる。
何もやらないで私には出来ない、と決めつけてしまう。
そんなことでは、自分に出来ないときめて退去して、なにも挑戦できない自分になってしまう。

こんな屈辱的なことと考えた。少々不幸と感じている自分を偽って、楽しくもないのに、楽しめそうもない相手方と手を握り、目を合わせ、ほほ笑むなど寒気のすることではないか?
しかし、やってみれば、そんな風に考えた自分は未熟者であったのだ。

人は変われる、変わるのである。
それは苦しいし、苦い体験を通して始めて自分のものにすることが出来る。
これは、学問で得る知識とは別物なのだ。
頭でっかちな自分を反省する。
この笑いの練習くらい為になったことはない。
私の皮が1枚めくれた瞬間であったと、今にして思う。

夕方7時の食事。夏であったので未だ日が高い。
10時消灯で寝床に就く。それまで同室の方と雑談するか本を読むかしかない。
60才前の同室の紳士から、(上場会社の役員の方である)相談を受けた。

自分の家族は、親兄弟、妻子供、全員自殺した。
今は、自分ひとりでやがて私も自殺するだろう。
そんな呪われた家系、自分の未来が恐ろしい。こうして、この道場で救われたい。
貴殿はどんな理由でこの道場にきたのか?
あまりにも違った境遇で返事も出来ない。みるからに健康そうなこの紳士の持つ悩み、苦しみ、なんとも慰められない悲しい人生なのではないか。

亡くなられた方々のためにも、貴方は長生きしなければなりません。通り一辺倒の言葉しかでない。
彼は静かな口調で、「そう思うし、私もそうしたい。しかし、私の親族誰もが、病気でもなく、
その瞬間まで死のうとは考えてはいなかったのではないか?と思うと、私には自信がない。私の宿命かもしれない。」
とくに悲しそうな表情もせずに淡々とかたっておられた。
明るくおつきあいさせていただく以外に、私にできることはなかった。

室の皆さまにしてさし上げられることは、布団の上げ下ろし、裏庭で干して差し上げること。それしか、私にできることはなかった。それが、今の自分の力であった。
10時に寝るには早すぎる起床は5時半だが、眠れない。

気がつくと、静かにきれいな声が拡声器から流れてくる。なんて、美しい優しい声だろうか?うっとりと聞き入ってしまう。
宗教っぽく嫌いな話だが、この声の魅力に負けて、聴き入ってしまう。
うろ覚えであるが・・・。
なんでも、谷口雅春45才くらいに悟ったイメージが言葉になっている様だ。

汝、天地一切と和解せよ。
汝、天地一切と和解せよ。
汝が苦しい時、悲しい時、あるいは重い病魔に犯されたとき、汝は神を頼むであろう。
我は、汝の元へ行きとうても、よう行かぬ。されど、汝が天地一切と和解したとき
我は汝の元に在る。我は汝なり、汝は我なり。
初日に聞いた時は全く意味が理解できなかったが、3日目の夜、突然この意味が判った・

天地一切を許し、和解するとき、その人は神になれるのだと。
嫌な奴、嫌いな業務、いつも叱る上役、反抗する部下。人々はいつも自分中心で自分の都合の悪いこと、思いのままにならない人やこと、自分より能力を有する人を認めない弱さ、和解できないことに囲まれて生きている。
小さなことに「こだわって」自分にも他人にも、不満が増幅する。

楽しめない自分、人から好かれない自分がいる。
この教えは、一生は一度しかない。出会える人は限られている。どんな人でも、許す練習、自分の周りで起きたことは、どんなことでも、それは自分のせいかもしれないのだ。と、許す練習をする。百に一つでも人の良いところを見つける努力をする。
和解するのだと、心の中で叫び、天地一切と和解を心がけてみる。
気がつけば、千分の一でも神様に近づけた自分がいるかもしれない。
病気をしない健康な自分になっていたのかもしれない。病魔には犯されないのだ。
と、以来私は、この言葉の素晴らしさをかみしめている。

感謝の練習 | 世にも不思議な 笑いの練習(1) | 世にも不思議な 笑いの練習(2)

世にも不思議な 笑いの練習【1】


練習道場に戻ろう。次は、笑いと和解の練習だ。
あの30食の食券・・・
初日の昼食、少しは美味しい昼食にありつきたいものだと思い、食堂に入る。
配膳された長テーブルに座る。お盆には、どんぶり飯と目ざし一匹、みそ汁、梅干し1ケ、
以上おしまい。
とても食べられない、こんなどんぶり飯、おかず不足、やれやれ何の楽しみもない。
無理をしてでも食べなければ、夜までもたない。
売店で食べ物が売っているなんて事はないのだ。
酒もタバコもジュース、何も売っていない。

夕食の時間、19時くらいか?流石に腹が減っている。夜は期待出来るかな?
お盆には、どんぶり飯、お汁、鯵の干物、梅干し、以上終わり。
ガッカリするが、腹が減っている。
どんぶり飯を平らげるには、おかずを大切に食べるしかない。
梅ぼしは種もかみ砕き、鯵は頭から。骨も大切なおかずである。

食べ終わると、お盆の上には食器と箸以外、何も残らない。
300人の残飯、さぞかしと思うも、残り物用にバケツが一ケ。
流石に梅の種をかみ砕けない人が「種1つ」をバケツに入れる。
何と、300人の残飯は梅の種だけだった。
くる日もくる日も同じメニュー、他に何もなければそれも美味しく待ち遠しい。

自分はシャバ(娑婆)では、どんなに無駄な食い方をしていたのだろうか?
知らず知らずに贅沢が当たり前になっていた。
私たちは残飯、生ゴミが山ほど出る生活を何とも思っていなかったのだ。
また一つ、思い知らされる。

次に「ありがとう」の練習であった。
300人収容の大広間。講師や体験談の合間、一時間おきに乾いた雑巾で、広間の畳を
一列になって拭きながら、「ありがとうございます、ありがとうございます。」と繰り返す。なんだか馬鹿らしいのだが、これはやれば良いのだから少し運動にもなる。
兎に角やるしかないのだ。

最後、雑巾掛けの後に笑いの練習だ。これはつらい・・・。
楽しくもないのに笑うのだから。これは馬鹿さ加減を通り越している。
笑いの講師が壇上で「皆さん横一列に手をつなぎましょう」と言って、
横一列に手をつなぐ。
「さあ、皆さん、隣の方に挨拶して、両手を大きく上げて、さぁ皆さん、たのしいですねー、笑いましょう、ワハッハ、ワッハッハ」

どうして笑うことが出来るのだろうか?両手を上げて「ははは」と笑う振りをする。
終わると、
「それぞれペアになってお互いの手を握り、向かいあって目と目をあわせてください。」
手をつないだのは、80才くらいのおばあさま。
「目を見つめ、さあ笑いましょう。両手を上げてわらいましょう!」
笑うどころか、悲しくなってしまう。

どうして、こんなくだらないことをするのだろうか?
中には大きく笑っている人々がいる。
笑いの輪が広がる。しかし、私は笑えない。
寒気がしてくる。この練習が一時間ごとにやってくる。
とても出来ない。こんなことをやらなければ仕事に就くことができないのか?
もう、嫌だ。こんなブザマな自分が情けない。
お前の自尊心はどこに行ったのだ?2日目の午後、流石に忍耐も限界にきた。
家に帰ろうと心に決めた。

翌朝、同室の皆さまの布団を干しながら荷物をまとめる。
家に帰ったら職探しだ。しかし、そう簡単ではない。
研修していても、会社は1日1万円の日当を支給してくれている。
この1万円で家族と暮らしていける。

笑いの練習に堪えて、この収入を確保しなければならないが、私は出来ないと決めた。
しかし、1万円のために笑えないのか?
他の人が事もなげに笑っているのに、何故、自分にはできないのか?
恥をかく勇気もないのか・・・・。
1万円、1万円と念じて笑ってみよう。それしか道はない。

やってやろうじゃないか、再挑戦しよう。道場に戻った。

感謝の練習 | 世にも不思議な 笑いの練習(1) | 世にも不思議な 笑いの練習(2)

感謝の練習


私の様な俗人が、まじめな課題に取り組むのは、いささか恥ずかしい気がする上に
そんな資格があるのか?と思われても仕方のないことなのであるが。

37歳のときである。私が勤めていた会社(1800人の従業員・年商400億円)が倒産した。
予想されたことであったが、他に例をみないこのユニークなFASHION産業は、たとえ経営が困難になったとしても、どこからか救済の手が伸びくると、楽観的な見方もあった。
しかし、1978年4月6日、紛れもなく倒産した。

その後3~4か月、後輩たちの再就職に奔走したが、自分自身のことは最後になってしまった。どこかで拾ってくれる企業があるかもしれない。と考えたが、いつまで経っても声は掛からない。生活を支えなければならない。妻と子供3人、5人家族である。

なにもなければ、包丁研ぎでもやるか?研ぎには、子供の頃、母の料理食堂の手伝いで少しは経験もある。しかし、それで一家5人の生計が・・・?
母がラーメン屋からスタートして料理店をやっている。私も、ラーメン屋から始めてみるか?と思い母に打診。にべもなく断られてしまった。ラーメン屋は60才からなら応援もする。貴殿は37才、もっと世のため、人のために働きなさい。

万策尽きてしまった。12年もVANに努め、それなりの実績を残したつもりであった。
あまりにも猛烈社員でありすぎたのか?私を快く迎えてくれる業界の会社はなかったのだ。しかし、なんとか生き延びなければならない。

一通の手紙がきた。
ヘッドハンティングされる様な大物でもない。
人材銀行というのだろうか?人材紹介の会社からである。

物流の心得があるので、ヨーカ堂の物流センターはどうか?
入社には、当時の伊藤社長の面接が必要で、一か月後である。
もうひとつは、当時、世界に飛躍するスーパーヤオハンであった。
土地購入のローンもあり、銀行からは、一日も早く収入の確定を促された。

ヤオハンの和田社長は即面接可能。
静岡県の三島市が本部である。都落ちだ、少々寂しい。しかし、そんなことは言っていられない。とにかく収入をゲットすることが急務。
役員面接8人中7人には不合格。こんな生意気な奴!と思われた様である。
(後に知ったことだが、役員に口応えすることなど、100%不可の社風であった)
最後の和田社長面接では
「貞末さん、私の会社役員のほとんどが、あなたを不合格としました。だから、私はあなたを採用したいと思います。そんな人が私はほしかった。しかし、貞末さん、規律乱すことなく、和を大切にしてください。」

次に社長のお母様、和田かつさん(おしんのモデルに成ったひと)に会うと、
「貞末さん、あなたはきかん気な顔をしている。仕事も良くやってくれるだろう。しかし、会社のTOPは和田和夫だ。それを大切にして、和田和夫を助けてほしい。」

最後は副社長である和夫社長の弟。
「貞末さん、ハイという練習をしてください。上役になんでも反発するのではなく、とにかくハイ、と受ける練習をしてほしい。才気があるからすぐに反論も出来るであろう。
しかし反論は1週間まってやってくれないか?」

これで晴れて入社。首はつながったのだ。
しかし、これで終わりではなかった。河口湖の練成道場で10日間勉強してほしい。
そのレポート提出で入社が決定される。
谷口雅春という方が、悟りを開き広めた生長の家道場であった。

やれやれ、宗教は大嫌いときている。
道場の門をくぐり、入口に立つ3人の女性がいきなり手をあわせ「ありがとうございます」
私はまだ何もしていない。感謝される覚えはない。戸惑ってしまう。

いきなり、教材15,000円の購入が決められている。
10日分の食券30食。A3の大きさで切り取り線が入っている。
これを全部使わなければならない。気の遠くなる様な量だ。
部屋は1階奥の6号室、誰も案内してくれない。
部屋を探しながら廊下をあるく。すれ違う人たちが皆、私に挨拶する。
皆が皆、手を合わせ「ありがとうございます」
何なのだ。狂人の世界に迷い込んだのか?
それにしても、皆、もの静かできれいな佇まいだ。

部屋に入っても誰もいない。6人部屋と聞いた。所在なく座っていると、
部屋の拡声機から何やら人の話し声が聞こえてくる。講堂があるらしい。
近づいてみると驚いたことに約300人もの人が講義を聞いている。
語り手は姑を殺して刑期を終えた50才くらいの女性であった。
凄まじい反省と後悔、腸が捻じれるような号泣、刑は終えたが、私は許されるべきてはない。何故あの様な恐ろしい事をやってしまったのか?
人を殺してまで自分は楽になりたかったのか?何故、私に堪える力、どんな小さな事でも姑に感謝の気持ちが持てなかったのか?全部が全部、何故否定してしまったのか。
地獄に落ちたが救われたい。すべてを皆の前で懺悔して許されたい。

私は茫然として立ち竦んでしまった。
次は、ガンに侵され余命1カ月位の老人の話であった。
あと1カ月、自分の人生、その犯してきた罪の深さ。人は殺さなかったが、私は許されるべき人間ではない。この道場で生のある限り、償いの日々を送りたい。この様な主旨であった。300人の方々が何らかの理由で、罪の意識から解放されて救われたい。懺悔して救われたいと思っているのであった。多くの重病の方々も最後の救いを求めていた。

私は37才で会社が倒産し、無一文、一からやり直しの人生。しかし、兄弟は何事もなく裕福に暮らしている。私の様な不幸な運命は他に無いだろうと今まで思っていたが、何という光景であろうか?私の不幸などというものは、とるに足らないことではないか。
私の心も体も健康だ。妻や子供たちも健康だ。これに勝る幸せがどこにあるのだろうか?私は幸せなのだ。

道場での話は一旦筆を置いて。感謝についてである。

ありがとうの言葉の裏に感謝がある。会社を設立し、電話一本、机一つでスタートする。
誰からも何日も電話一本もかかってこない。SMRオフィス、経験を生かしてコンサルの仕事もやろう!しかし、電話はいつまでも鳴らない。
4~5日経っただろうか?電話が鳴った。思わず電話に飛びついた。
有難う、電話下さって。電話一本が砂漠のオアシスの様なものだ。有難い、感謝感謝だ。

当たり前のことと思いがちであるが、考えてみれば私たちの周りには、感謝に値することがあふれている。何事にも感謝出来ることを探し、感謝する練習を始めることだ。
そうすれば、沢山の感謝を発見するスキルが上達する。
こんなにたくさんの感謝を探し出すことが出来れば、不平や不満、相対的に比重が下がってくる。感謝できれば、それは幸せに通じている。感謝出来れば「ありがとう」が自然に声になる。

人生には、嫌なことや自分に失望することも多くある。
又、それによって、希望を失ってしまったりする。
そして、自分の不幸の比重が増加する。そんな時こそ、周りに満ち溢れるだけある感謝すべきこと、自分が健康であること。親兄弟が健在であること、友に恵まれていること、
優しい自分を失っていないこと、未だ私は生きていること、生かされていること、そんな沢山の感謝出来ることに囲まれている。
それを、練習を重ねて探し出し素晴らしい健全な精神を養うことである。

“感謝の練習”
こんな考えてもいなかったことも、練習があなたを救ってくれると確信している。

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成りたい自分に成る【最終章】


私のコラムを読んだ人から「私にはもう一人の人間(自分)が居ない。どう考えたら良いのですか?」
予期しない疑問に一瞬戸惑ってしまった。この人はどんな生き方をしてきた人なのだろうか?

駄目な自分を励ましたり、慰めたりしてくれる母親のような存在がもう一人の自分なのだが、その様に考えたことがないのかもしれない。もう一人の自分を騙すことは出来ない。世間は誰も本当の事を言ってくれないが、もう一人の自分は正直に欠点を指摘してくれる。

もう一人の自分はいつも自分の味方なのだ。自分の欠点も良い処もみんな知っている。
親の庇護下にある時は、意識しないこともあるのだろうが、一人で社会に出て自立し、自分の力で生きていくとなったら、強力な味方が必要だろう。それがもう一人の自分である。一生涯付き合ってくれる理想の友人だ。一方、永久の厳しい批判者でもある。
駄目な自分を決してあきらめないで叱咤激励してくれる。一人ぼっちになったとき、励ましてくれる。もっと頑張りなさい。やると決めたのに何故やらないのですか。それは他人のせいではありませんよ。あなたが弱いからですよね。
あなたは善人だといっているが、本当は違うかもしれないという事を知っていますよね。嘘はついていないと強弁しましたが、本当は嘘つきましたよね。
明日からは勇気を出して、正直にやりましょうと決意しても、そうして又、同じ事を繰り返す自分に少々嫌気をさしてくる。その時、何とあなたは駄目な人なのですかと厳しく叱ってくれるのも、もう一人の自分なのです。

そうして何時の時点からか、自分はあんな人に成りたい、誰かを理想として目標を持つように成ってくる。自分の成長と共に、理想像も変わってくる。成りたい自分の具体像が鮮明になってくる。自分が成るべく、具体像の一つ一つに近づき克服しようとする。
例えば、誰からも好かれ、異性からもてるという事とは一体どんなことなのか、考える事が始まる。

好かれる要素や、もてる要素を深く掘り下げ、はたして自分にはその要素があるのだろうか。生まれつきの脚の長さや顔型はどうすることも出来ない。それが全てではない筈だ。誰からも好かれ、異性に人気のある人と、自分の距離を考えてみる。そんな人に近づけるには、何か必要なのか、どんな努力が必要なのか。このようになりたい自分への修業が始まる。成りたい自分はこれだけではない筈だ。

ここまでの話は自分の事だけを考えている例だ。自分がこの世に存在することが、他人にとっても意義のある自分に成らなければならない。もしかしたら、それこそが自分が世の中に存在する意味なのではないか。生まれてきた以上は、自分の存在する意義を見つけ出し、他の人達からあの人が居なくては困ると言われる様な存在に成りたい。

自分の存在する意義を発見したら、その人は強くなれる。誰にも負けない信念が生まれ、努力することや苦労することも楽しくなってくる。真の生き甲斐が生まれる。

この大テーマに挑戦するとしたら、どんなことから始めるのか、どの様なことが他人からみて価値のあることなのか。考えて考えて考え抜かなければならない。
生まれて何となく生きてきた。考えると言っても、こんなことを考えた事もなかった。毎日の生活で一喜一憂していたが、いつまで経っても同じような些細なことに悩んだり、悲しんだりする。27歳になったが、17歳の時の自分と全然変わっていない。成長していないのかもしれない。こんなことを10年後も続けているのかなあ。

一体自分とは何者なのだろうか。それが分析出来なければ、成長処方箋が書けない。
自分とは何か、他人とは何か、異性とは何か、友人とは何なのだろうか。私に親友はいるだろうが、自分がそう想っていても、相手はどう思っているのだろうか。

幸いにして、人間には考える能力が与えられている。考える事の無い生活は、動物と同じなのではないか。

さあ皆様、考えましょう。今からでも遅くありません。

成りたい自分に成る【3】


若い社員から質問を受けた。

「今の自分が判らないのに成りたい自分なんて考えることが出来ない。」

今の自分とは、どんな人間なのだろうかと考えている自分である。

私は正義感があり、優しくて思いやりもあり、人の意見に耳を傾け、相手にとってなくてはならない友であり、私の存在は世の中を良くしていくだろう。
とにかく私は正しい人間なのだ・・・
と、私の良い面を列挙してみるとよい。

次に私の悪いところだ。

もしかしたら、私は意地悪かもしれない。とにかく人に優しくなれないのだ。
機嫌の悪いときは不親切だ。時に不親切かもしれない。
私は極端にけちだ。人に借りたお金は返したくない。
人の成功がうれしくない。嫉妬心が強すぎる。
不幸な人を見ると安心する。感謝の気持ちを持ったこともない。
考えてみれば友人と話をするとき、いつも自分が話していて、人の話を聴いていないかもしれない。
人は私の事を可愛らしいと言っているが反対なのではないか・・・

人はこの様に自分の良い面と悪い面を認めている。認めていないとしたらその人は未だ幼児で5才以下の精神年齢と考えなければならない。
しかしながら、この「自分は絶対正しく、悪い面などあり得ない。もしそう他人が思うとしたらそう思う人が悪いので、自分は悪くない。」こんな人が多いことも事実である。
何人かの人の上に立って仕事する地位の高い人の中にも、このような方が結構いるものである。

そこで、自分とはどんな人間なのか、主観でなく、客観的に考えてみる。
しかし自分で自分を客観的にみることなど、到底難しい。

そこで人間は一人で生きているわけでないので、自分の周りの人達から自分を判定してもらう、批評してもらうことが重要となる。人の意見は一人でなく複数の方がよい。自分の良い点は別にして、悪いところを正直に言ってくれる人はいるだろうか。
これも捜すのは難しい。人はリスクを冒してまで真剣に自分の事を、まして欠点など言ってくれるわけはない。
そこで初めて、自分は何者であるか判断する道を失うことになる。

自分を信じて思った通りやる。猛烈に努力する。それは何人も敬意を表してくれる。仕事も成功する。

とにかくまっしぐらに何事もやる。しかし大失敗もする。
この失敗は他人が悪いのか、自分の中に問題があったのか。
他人のせいにする人は何も学ばないが、もしかしたらこれは自分にその責任があったのではと、考えれる人は成功への道を歩むことも出来る上に、他人の忠言を聴く耳が発達する。自分の欠点を言われて、楽しい人はいない。
しかし、大きな失敗を重ねた人はそれを聴く度量が大きくなる。
初めて、主観的にも客観的にも自分の姿が観えてくる。
自分の周りで起きること、取り巻く世界は、全て自分が創り出していることを悟るからだ。

自分が何者か知りたければ、他人の力を借りるしかない。
しかし、他人は力を貸してくれない。自分が与えなければ報いはない。
他人との付合は真剣さが要求される。
この人には忠告したほうが良い。欠点を教えてあげたほうが良い。

そうすれば、大きな反発を買う。大きなリスクを負うのだ。何事もしなければリスクはないし、誰にも喜ばれないことなどやらない方が良い。誰しもこう考えるかもしれないが、あえて挑戦することだ。虎穴に入らずんば虎児を得ず(リスクを冒さなければ何も得ることはできない)

リスクを冒しチャレンジしなければ、本当の友人も生まれないし、自分も成長しない。
人の欠点を言う時、初めて自分はどうなのだろうかと思う。
この人はこの点が悪く、問題があるのだと思ったら、腹に収めないで言葉にすることだ。思いもよらない反撃をくらい、友を失うこともある。
しかしここで去る者は友としての価値もないのだ。

成りたい自分の原点は、次の様に考えてみることは出来ないだろうか。
人間は一人で生きていない。社会、集団の中で生きている。
自分が世に存在することが、他の人達に取って有益であることが、その人の存在が意義あるものとして、他人から認められる。
仕事上でも、友人関係、親子関係でも基本である。
私が居るからお前たちが居るのではなくて、他人から認められて初めて自分が居るのだ。
自分の存在は他人が決めてくれる。

勉強が一番で、運動能力も一番で、美人、美男子で、仕事も誰にも負けない。
だから、私はいつもOK。価値ある人間であるとしても、他人からは嫌味なやつ。
鼻持ちならなくて、思いやりもない、自分以外は虫けらだと思っているやつとすれば、誰からも評価されないだろう。
狭いスポーツの世界や学問の世界では、No.1の特殊能力は他人からは大いに評価されるだろうが、一般人として社会に出た時に、その人が自分の栄光をいつまでも口にすれば、評価されることはない。狭い世界でも一流人の多くは、一般社会でも一流の確率は高いが、総べての人に当てはまるわけではない。
人はどんな苦しみも悩みも死んでしまえば何も無くなる、解放される。
自殺する人が絶えない。

しかし、考えてみよう。
与えられた生命。
自分の意志で生まれてきたわけではないが、自殺しなくてもいつの日か生命は終了する。考えれば胸が張り裂ける様な恐怖ではないか。

それでも人々はその事を知りながらこつこつと努力を重ねる。
だから人間はすごい動物なのだ。
人間としての度量を大きくすること(人を許す力)にはげみ、自分の存在が、人々から感謝されるような自分、駄目だと思った自分が、こんなに努力しているのだと、自分を誉める。お前よくやったな、と・・・

勇気も体力も知力もない自分が、それでも今日は勇気を出して体力知力の限りやった。
その努力、一生懸命さが人々に感動を与える。

自分だけの為でなく、友人、知人、自分の周りの人達の為にこんな自分でもよくやったと自分を誉める日々を続けることが出来れば、自分には嘘はつけないのだから、やがて成りたい自分の実像が見えてくるのだ。
自分ともう一人の自分が和解する、握手するとき、自己矛盾から解放される。
自分の成りたい自分に近づく瞬間でもある。

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メーカーズシャツ鎌倉株式会社
取締役会長 貞末 良雄

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