Maker's shirt 鎌倉

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くろすとしゆきオフィシャルブログ

218:クリケット・コーディネート


映画「炎のランナー」で、新入生を部活に勧誘するシーンがある。クリケット部は、揃いのブレザー(正しくはブレイザーだろうが…)にキャップ姿で声をかけていた。

ブレザーはボート部のアイデアから生まれた、といわれるが、クリケット部も早くからブレザーを着用していたとモノの本にある。

わが国でいうクラブ・ブレザーは、ストライプを指すようだ。このストライプ地があるようでなかなかない。以前から探していたのだが、ようやく渋いヤツが見付かった。迷うことなくシングル3つボタン、上2つ掛け、センター・フックベントのオーセンティック・アイビー・リーグ・モデルに仕立てた。

試作をひと目見て、クリケット・コーディネートに決めた。オフ・ホワイトのパンツ、クリケット・キャップ、靴はクリケット・シューズに代えてホワイト・バックス。

このコーディネートなら、「炎のランナー」の場面に忍び込んでも気付かれずにすむに違いあるまい。

(おわり)

くろすブログスタッフより【新作登場のお知らせ】

2018春夏「くろすとしゆき あいびい あーかいぶす」の新作『クラブ・ブレザー』が、本日4/20(金)入荷いたしました!数量限定です!

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217:英国生まれの「クリケット」


英国生まれのスポーツは数多い。

とりわけ英国的というか、貴族的といわれるのが「クリケット」。分かりにくいのがこの競技が貴族的と呼ばれるゆえんでもある。

英国取材の時、クリケット・ゲームをやっている場面に出くわした。車を止め1時間ほど見学したのだが、どういうルールなのかまったく理解できなかった。野球のルーツともいわれるが、とんでもない、似ていないどころか、見れば見るほど頭の中は混乱するばかりだった。

映画「炎のランナー」(1981年製作)の中で、室内でクリケットの練習をする場面がある。ケンブリッジ大といえば貴族の子息が多い学校だが、室内に練習場があるのはさすが。おなじみのクリケット・セーター(日本ではなぜかチルデン・セーターと誤って伝えられた例のVネック)や、スクール・マフラー姿の学生がいて、本場のクリケットの普及が伝わり、興味深いシーンだった。

(つづく)

くろすブログスタッフより【予告】

2018春夏「くろすとしゆき あいびい あーかいぶす」の新作『クラブ・ブレザー』が、いよいよ次週4/20(金)に登場予定です!お楽しみに!

216:学ランの第二ボタン伝説


先日の朝日新聞に「学ランと第二ボタンに関連するできごと」という、好奇心をそそる特集記事が掲載されていた。

それによると、1879年、学習院が海軍士官型の詰め襟制服を導入。86年、帝国大学(現東京大学)で金ボタンの詰め襟導入。1970年代、少女向けの雑誌・マンガで「卒業式と第二ボタン」の描写が定着、とある。

「好きな人から第二ボタンをもらう」卒業イベントがトレンドになったのは70年代後半のことと知った。59年卒業のわたしが知っているはずもない。現在50才代以下の人たちの間ではやった風習なのだ。また、なんで第二ボタンなのかというと、一番心臓に近いからだという。ハートを頂くことらしい。

ところで、最近は学ラン姿がめっきり減り、ブレザーにチェックのパンツで決めている。学ランの第二ボタン伝説も風前のともしび。シャツのボタンではハートの代わりとしてはちと悲しい。かといって、ブレザー・ボタンもなあ……。どうしているのやら。

(おわり)


(C)TOMBOW Co.,Ltd.

215:黒の詰め襟の金属ボタン


卒業シーズン。
学生服の第二ボタンを贈るという美しい? 習慣はいまもなお続いているのだろうか。

実は、わたしの学生時代には存在しないセレモニーなので、いまだあの行為は謎につつまれている。

中学、高校と男子校だったので、女子にモテようという考えはなく、汚い学ランを気にすることなく毎日着まくっていた。毎日着ているというのにクリーニングは年に1回しか出さなかったからさぞ臭かったに違いない。

中学、高校、大学と制服、制帽着用が校則。黒の詰め襟に校章入り金属ボタンが付く。ボタンは1年の時はピカピカだが、卒業のころになるとくすぶって貫禄がつく。それにあこがれ、金ピカのボタンをローソクのすすであぶったり、薬品に漬けるなど、人知れずアンティーク仕上げに熱中した。

いま思えば、ボタンをアンティークにすることが唯一のおしゃれだった青春の日々。

(つづく)

214:ブランドにはブランドで…


東京・銀座「泰明小学校」和田校長は同校を「特別な存在」「銀座ブランド」と位置づけた。そのうえで「伝統ある、そして気品ある空間・集団」への「帰属意識」「誇り」「美しさ」を保つよう求めており、その象徴が「ブランド標準服」だった。記者会見で「泰明小でなければこんな話はしない」と語っている。

和田校長は「泰明小」というブランドを意識するあまり、舞い上がってしまったようだ。ブランドにはブランドで… 校長は銀座に出店するブランドショップ(エルメス、シャネル、バーバリーなど)に打診したが相手にされず、アルマーニが乗ってくれたという。ということは有名ブランドならどこでもよかった訳で、なにがなんでもアルマーニではなかった。

この程度のブランド認識から生まれた標準服、ポリシーがあったとは思えない。記者会見の席上、記者から―― 校長はアルマーニのスーツ持っているのかと問われ、「持っていません」。

(おわり)

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