Maker's shirt 鎌倉

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くろすとしゆきオフィシャルブログ

171:CIE図書館と三信ビル


「日活国際会館」から晴海通りを隔てた一帯は、1950年代半ばまでは外国租界の雰囲気に包まれていた。というのも、帝国ホテル、宝塚劇場はじめ周辺のビルのほとんどは米軍に接収され、道行く人のほとんどが米国人、日本人は近寄らなかった。

当時、日比谷といえば外国人街で、聞こえてくるのは英語だった。アメリカかぶれのわれわれは、日比谷で異国情緒を味わいたくて辺りをうろついた。帝国ホテルは「OFF-LIMITS」だったが、近くには「CIE図書館」「三信ビル」など、日本人が出入りできる場所があった。CIEでアメリカ雑誌を見て、三信ビルの「インターナショナル」でアメリカ製用品雑貨を眺め、「アメリカン・ファーマシー」でアメリカの家庭用品などを「見学」させていただくのが行動パターンだった。そのころは1ドル360円、高くてキャンデーだって買えなかった。ジャズLPが3,000円もした。それに比べればいまは天国だ。

(おわり)

170:いまはなき日活国際会館


オスカー・ピーターソンの転倒というアクシデントに見舞われたが、無事J.A.T.P.初日公演は終わった。

ホンモノのジャズを生で聞き、正直なところ堪能というよりも満腹状態で、しばらくはジャズを聞く気が起きなかった。

ところで、J.A.T.P.ご一行様はどこに宿泊していたかというと、日劇からJRの高架を挟んだ向かい、出来たばかりの「日活ホテル」だった。日劇から徒歩3分もかからない恵まれた立地条件。

ホテルは、「日活国際会館」の最上階から数フロアを使った、戦後初のカッコいいホテル。日活の映画俳優の結婚披露宴などに利用された最もトレンドで、華やかなホテルとしてあこがれの的だった。

いまはなき日活国際会館(現・ザ・ペニンシュラ東京)だが、1階には「アメリカン・ファーマシー」があり、アメリカ大好きなわれわれには、東京で一番アメリカのニオイがする場所でもあった。

(つづく)

169:お目当てはオスカー・ピーターソン


わたしのお目当てはエラ・フィッツジェラルドではなく、オスカー・ピーターソン・トリオだった。

J.A.T.P.の主催者ノーマン・グランツの「オン・ベース、レイ・ブラウン」「オン・ギター、ハーブ・エリス」の紹介で2人がステージに現れた。そして「オン・ピアノ、オスカー・ピーターソン」。割れんばかりの拍手の中を舞台下手から巨体が現れた。

ピアノの前に腰を下し、「ガーン」力強い第一声が日劇中に響き渡った。その時だ、「ズシーン」大きな音と共にピーターソンの巨体が頭から後ろへ倒れ込んだ。いすが体重に耐えかねて折れたのだ。場内は「シーン」となった。

畏れたのはピーターソンが頭へきて帰ってしまうのではないかだった。

何分…いや何十分間不安な時が過ぎた。ところへ新しいいすを片手に、ノッシノッシと大股でピーターソンが現れた。

そんなハプニングの初日だった。

(つづく)

168:エラ・フィッツジェラルド生誕100年


去る4月25日はエラ・フィッツジェラルドの生誕100年だった。

エラ・フィッツジェラルドは、20世紀を代表するアメリカが誇る女性ジャズヴォーカリストの1人。ジャズファンにはおなじみのベテラン歌手だ。

彼女は79年の生涯に数多くのレコードを残し、世界各国でコンサートを行った。日本へは64年以降3~4回訪れているが、初来日のことはよく覚えている。

1953年11月に来日した。この時は彼女のコンサートではなく「J.A.T.P.」というオールスターバンドのヴォーカルとしての参加だった。

53年というと、わたしは高校3年で、ジャズに一番熱くなっていた年代。J.A.T.P.を見なくてなるものかと、早々と前売りを買った。当時の1,500円は高価(現在の貨幣価値に直せば3万円ぐらい)だった。

初日の「日劇」周辺は人また人。有名ジャズミュージシャンも数多く見られた。

(つづく)

167:アイビーは「先生」時に「友だち」


「あいびい あーかいぶす」に加えるジャケットが2種決まった。新作は、思った以上の出来映えで、大いに気をよくしている。

82才になっても新しい生地に会うとワクワクする。洋服屋歴約60年になろうというのに、飽きることなど一度もなく続けてこられた理由は、根っから服が――というよりアイビー大好きだからだ。

アイビーはわたしにとって「先生」時に「友だち」。教えられたり教えたりの関係が途切れることなく今日まで続いている。この喜ばしい間柄は、多分死ぬまで続くことだろう。

いま、実はワクワクしている。夏服が出来上がったばかりなのだが、早くも2017年FWのコレクションにどんな素材を使おうかと、期待で胸がふくらんでいる。それは決して ’60年代のリバイバルではない。2017年の感覚、2017年の目で選ぶ色であり、柄なのだ。そこに82年間の経験が生きるわたしの目、「クロス・アイ」がある。

(おわり)

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