Maker's shirt 鎌倉

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くろすとしゆきオフィシャルブログ

278:フェイク・ボタンダウン


「平成の困ったファッション」その1。

「令和」の御代になって思うこと。平成はファッション業界にとって、いいニュースなどひとつもなかった、困ったことばかり。忘れないうちに書き残しておく。

まず頭に浮かぶのは「フェイク・ボタンダウン」。クールビズのおかげ?せい? シャツに注目が集まった。ノーネクタイでおとがめなし! サラリーマンは大喜びで受け入れた。喜んでいられなかったのはネクタイ業界。ただでさえ夏場には売上げが落ちるというのに、ノーネクタイにお上がお墨付きを出したのだから追い打ちをかけた。

一方、シャツ業界は鼻息荒い。いっきにシャツのシェアを広げんものと、あのテ、このテでシャツの売り込みに……。

ファッション業界の一員として、この現象を優しく見守っていた。ところがだ、どこを勘違いしたのか小細工をしたシャツがドッと出回った。平成シャツの乱の始まり。

(つづく)

277:センチメンタル・ジャーニー


いまも続くアメリカ走向の始まりは、1945年、進駐軍放送で聞いたドリス・デイの「センチメンタル・ジャーニー」だった。

戦時中の音楽といったら軍歌、国民歌謡くらい。アメリカの音楽は敵性音楽となり、聞いていたのがバレたら逮捕された暗黒の時代。戦争が始まると「鬼畜米英」と教え込まれたが、敗戦と同時に進駐してきた米兵は赤鬼ではなかったし、子どもたちに甘いキャンデーや甘い歌声を届けてくれた。

曲名や歌手の名前を兄から教えてもらい、わたしはドリス・デイ・ファンを自認していた。50年、映画「2人でお茶を」で彼女にひとめぼれ。ショートカットの金髪、カッコいいファッション、そして明るく気さくな人柄。ドリス・デイは50年代の米国を代表する理想の女性像だった。

彼女のおかげでジャズが好きになり、アイビーにはまった。おかげでこの年になっても「文京のアイビーじいさん」をやっている。

(おわり)

276:ドリス・デイが逝去


アメリカのポピュラーソング・シンガー、俳優のドリス・デイが5月13日亡くなった。97才だった。

ドリス・デイというと日本では「ケ・セラ・セラ」で有名。アルフレッド・ヒチコック監督映画「知りすぎていた男」(1956年)で主演女優を演じ、主題歌の「ケ・セラ・セラ」を歌ってヒットした。

50年代、ヒチコック映画はほとんど見ているが、「知りすぎて−−−」は感心しなかった。また、主題歌もヒットしたようだが、数多いデイの歌の中では好きな曲ではない。わたしのベストワンは、敗戦直後の「センチメンタル・ジャーニー」(45年)だ。

東京の家は爆撃で全焼。栃木県の疎開先で敗戦を迎えた戦後、ラジオをいじっていたら甘美な音楽が流れてきた。在日米軍向けチャンネル「WVTR」(現AFN)だ。日に数回放送されたヒット曲が「センチメンタル・ジャーニー」だった。甘い歌声の主がドリス・デイ。

(つづく)

275:英国製靴下


1960年代初め、アーガイル・ソックスのほとんどは英国からの輸入物だった。B社製が多く、素材は100%ウール。

初めて買ったアーガイル・ソックスは、ネイビー地にブルーと赤のダイヤ柄が織り込まれていた。無理をして手に入れたのだが、洗濯するたびに縮み、ついには子どもの靴下みたいになってしまった。

60年代後半、アーガイル・ソックスもアイビー・ワードローブの一環としてリストアップされたが、VANはつくっていなかった。というより、あのテの柄物を編めるメーカーを知らなかったからだ。当時、VANの靴下といえば、膝下までのロング・ソックス(正しくはHOSE)で、色はブラック、ネイビー、ダーク・グリーンの3色だけしかつくらなかった。

アーガイル・ソックスを近頃目にしなくなった。服装が軽くなり、伝統の重さの残る英国製靴下はいまの服にマッチしなくなった。

(おわり)

274:アーガイル・ソックス


久しぶりに「アーガイル・ソックス」を見た気がした。それも上皇さまがお召しになっているお写真を見て、うれしくなった。

アーガイルが日本ではやったのは、1960年代後半。皇太子のお写真は69年、なんとトレンドを取り入れていらっしゃる。

アーガイルはスコットランド生まれのダイヤ柄。30年代にアメリカで大流行する。折からの英国風の流行にのって英国から輸入され、爆発的に売れたとされる。40年代に入ると一般化され、特にツイードの服とコーディネートするよう説明が付く。

日本でのアーカイルは、戦前からおしゃれな紳士の間では知られていたようだが、ごく一部のしゃれ者のものだったと聞く。

わたしがこのソックスを知ったのは50年代、「男子専科」だった。カッコいいソックスと思ったが、学生には手の届かぬ世界のモノとあきらめていた。初めて履いたのは60年代に入ってからで、とてつもなく高い買物だった。

(つづく)

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